第百四十六話:『ミーナの時間』

 夜闇に紛れて死んだように倒れ伏した襲撃者たちの処遇は、公的機関に渡すこともなく、そのまま放置するような適当で開放リリースするという選択を取った。


(形はどうあれ、目指す場所が同じであることは伝わっただろうし、静観を選ぶべき相手だということも分かってくれただろう)


 ――これまでの経験から、無駄に荒くれを働く者の心理に聡くなってしまった少女の出した答えであった。

 どうあっても止めなければならない立場の存在ではないことを明かし、関わってはいけない相手だと分からせる。こういったときのノウハウであった。


 人生、決定的に間違えていないかしらと不安になりながらも、リプカはその選択に確信を抱いていた。


「なんだか、それは、大変な夜でしたね」


 オーレリア達が寝静まった頃であろう夜の更けた時間に、何処いずこから戻ってきたロコと二人、また膝を付き合わせた対談を取っていた。


 ロコはリプカから「ミーナ」と呼ばれている間は、軽い調子の敬語で個性付けすることなく、リプカサイドにおける今日起こった様々のお話を、肩の張らない姿勢で相槌打ちながら聞いてくれた。


「襲撃者かぁ。やっぱり、どこの国でもあるものですねぇ、物騒だったけれど、大事ないようでよかった」


 にっぱり笑ったロコの笑顔に心温かくして、「ありがとう」と言葉にした後、リプカはロコ側の一日、彼女は彼女で忙しかったであろう、そのあらましを尋ねた。


「んーと、あっちこっち飛び回って諜報に勤しんでましたが、そうですね、特に気になったのは、粗暴を働こうとしている者の動きが、線として露わになったことですかね。――主導の立場を執っているのは、アンヴァーテイラ様の情報通り、アルメリア領域のフルフィウス家で間違いないようです。今夜リプカ様たちを襲撃したのは、先日のことで、焦りが生まれていたからでしょう」

「先日のこととは……?」

「はい、どうやら二日前、先に、セラフィ様のほうへ襲撃者を遣わしたらしく。その結果の今夜と見るのが濃い線であるでしょう」

「セラ様のほうへ――。そうですか……」

「あや? あんまり、心配なさらないのですね……?」

「あちらには今、ティアドラ様がいますから。指定された任を遂行するにあたっての力、その技能については、私よりも遥かに秀でた手並みをお持ちのお方です。彼女の守護がある限りは不可侵、その点は、あまり心配はしておりません」

「仰る通り、ティアドラ様の守りは万全だったようで、……しかし、万全が過ぎたということで。イグニュスの戦鬼せんきがガードに入ったという事態に、あちらさんは焦り、そして――」

「今夜の事に及んだ、というわけですか……」


 リプカは呆れたように嘆息を漏らして、天井を仰ぎ見た。


(私のことはともかく……近衛の方々が在ることは、当然、知っていたはずなのに……。こういった、物事の過程における荒事に、慣れていないのでしょうね……)


「主力の秘密部隊はティアドラ様の手で残らず粉砕されたようで、だから今回、単に優秀な者が選抜されて荒事に駆り出されていたのは、残った手駒の不足が原因であると思われます」


(先程ティアドラ様とお電話したときに、その話は出てこなかったから、おそらく、お家所有の秘密部隊だったなんて気づかず、暇つぶし程度の片手間で粉砕しているわね……)


「あとはセラフィ様の動向くらいですかね。そちらは、クララ様から、そのことは任せてほしいと仰せつかっておりますので、お話ごと預けちゃってもいいかもです」

「――分かりました、そのように。お疲れ様、ありがとうミーナ」

「みへへ」


 頬をリンゴ色の赤に染めて、顔いっぱいで感情を表現するロコの笑顔は、無邪気であるのにどうしてか、どこか大人な印象を描いていた。


「セラフィ様サイド共々、物騒はありましたが、どちらも適当にあしらう程度の手間で済んだことは幸いでしたね。こちらの情報を渡した彼等がどう動くかは、未だ注視すべきところですが、あとの動向については、私に任せてください。そういった諜報については十八番おはこですからね」

「ありがとう。お願いしますね」

「オーレリア様、サキュラ様……あと一応、アンヴァーテイラ様も。今回のことで、心の傷を負うということもなくて、よかった」

「そうですね。……正直、少し、ひやっとしましたが――」


 リプカは汗を浮かべて、数時間前のことを回想した。



「いやぁ、しかし凄まじかった、噂以上でしたね。獣の神を象った人間なんて噂があったけれど、私には、あの姿は紛れもなく、人間の具現であるように見えましたよ。いいもの見ました」



 なんだかゴツいオペラグラスのような機械、暗視ゴーグル? を弄びながらのたまうアンを、正直リプカははたいてやりたい気持ちに駆られた。


 じりじりと近寄ってきたようなので気付かなかったが、幼年組ら三人は、リプカの姿が視認できるところまで歩み寄っていた。


 なにか起きてる?

 どうする? ……見たいカモ。


 そんな好奇心に誑かされ、三人は罪悪感に後引かれながらも、徐々に徐々に、カタツムリみたいにして前へにじり出ていたらしい。明らかな間違いであったが、近衛隊においては、身の安全それ以上の口出しは差し出がましいものと捉えられているのか、大人としてそれを窘めてくれるようなことは、どうやら、期待できない事のようであった……。


「リプカ……カッコよかった……。どうしてあんなに、速く動けるの……?」

「ええ。暴力ぼうりょくごとは苦手ですが……リプカ様が力を振るうあの姿は――どうしてか、素敵でした。あの……何を言っているかと思われますでしょうが――見惚れるようだった、でして……」

「そ、そうですか……」


 護衛に支障の無い範囲の勝手とはいえ、トラウマを植え付けるようなことがなくて本当によかったと、リプカは冷や汗を流しながら胸を撫で下ろしたものである。


「……オーレリア様のストライクゾーンって、なので?」

「な、なにを言っているのでしてっ!」

「いや、なんか、やだなーって思って」

「失礼でしてよ!?」


 もちろん声にはしなかったけれど。

 趣味嗜好など、そんなの人の勝手であることは分かっていたけれど……リプカも内心の無意識に近い領域で、「なんかやだな」という感想が、知らずぷかりと浮かんでしまったことは……黙っておいた。


「フフ。リプカ様、モテモテですねー。エレアニカの皇女様にまで良い想いを寄せられるなんて。さすがは、六人の王子の一途いちずを集めるハーレム王」

「そ、そんなんじゃありません……」


 一指し指でウリウリと突くようなジェスチャーを構えながら、コミカルな半目で告げられたロコのに、リプカは照れ半分、本気半分の言葉を返した。


「今回の婚約騒動は、妹との懇意を望む、お国方の都合が話の始まりであって、ほとんどのお方は、その意向が所以でつどったにすぎませんから。皆様と仲良くなれるのは嬉しいけれど、皆の気を一途に集めるハーレム形成は存在しません……」

「そうなのですか……? あれ、でもフランシス様は、確か……この度の婚約騒動は、とある者がリプカ様と逢うことを望んだ、ただそれのためだけに起こった、国を巻き込んでのお祭りであると――そう仰っておられましたが……」

「そ、それは……ま、間違いではないですけれども……!」

「ふムム……クララ様? 彼女が、また逢うことを願って……?」

「ま、まあ……そんなカンジです……」

「ふうん。――でも運命ですね」


 どうしてかちょっとだけ目を伏せて、ロコはしんみりとした口調で言った。


「リプカ様に関しては、同性婚が当然でない地の出身であるにも関わらず、相思相愛であったなんて。なんだか、物語みたい」

「あ、いえ……あの、私は失礼ながら、クララ様と過去会った時のことは、そんなに記憶になくて。そ、その――想いを伝えてもらってから……い、意識するように……なった次第でして――」

「……ん? …………? えっと……あの、再会して、想いを伝えられて……それで?」

「え、ええ……」

「…………? …………お顔が、すごく好みであったとか、ですか……?」

「えっ? え、いえ、その……――」


 リプカは顔を赤らめて、俯きながら、たどたどしく語った。


「貴方のことが好きであると……あんなに赤裸々せきららに、想いを伝えられたことは、妹以外で、初めてで……。貴方のことを愛していると、胸の高鳴る熱が涙になって伝いそうな感情を向けてくれたお方なんて、今までいなくて……! い、いまは――誰かと共に歩む未来を夢見ることができる……そしてそれは、触れれば消える幻想なんかじゃなくて――。あのお方は、私に、繋がりを紡ぐ、愛を言葉にしてくれた――」

「――――リプカ様は」


 熱に浮かされたように話すリプカとは対照的に。

 ロコの声色は奇妙に、感情の抜け落ちた、ある種冷静な音を伴っていた。


「もしや、クララ様と出会うそれまでは、…………その、同性に向ける愛の目すら、持ち合わせていなかった……?」

「え、と。――はい、正直、それまでは、あまり……」


 リプカは、ますます赤面して俯いたのだけれど。


 それが故、目の前にあるロコの表情から感情が消え、過ぎて深く思慮に沈んだその異様な様子は見て取れず――見逃してしまった。


「――――……。…………。………………――――そうなんですね! それはそれで、素敵ですっ」


 少しばかりの間が空いたのち、やけに元気なロコの声が、部屋に弾むようにして響いた。


「素敵っ! 運命を、自ら形作るみたいで!」

「そ、そうかな……?」

「そうですよ! ――きっとこの先も、リプカ様自身の手で運命を形作る機会が、沢山ある! 私にはそれが見通せるようです」


 シュリフみたいなことを言うと、ロコは体を寄せて、リプカの両手を掴んだ。


「ともかく、今はシィライトミア領域で起こっている問題についてです。貴方の傍にある間、私は絆をもって、あなたを支えましょう。リプカ様も、私のことを、頼って。――そうして初めて、私は、大きな力を発揮できるから。ねっ」

「――ミーナ、ありがとう。頼りにしています」


 温かく微笑んだリプカにニッと笑み返して、ロコは張り切った声を上げた。


「この先なにが起こるか分かりませんが、夜に二人で会う時間は必ず設けましょう。この先は、状況の整理が鍵たる肝要になります。話をシンプルに分かりやすくするためにも、必ず、二人でっ! アダルトの王子方にも話を通しておくことをオススメします、きっと、事態を展開させる糸口になるから」

「分かりました、クイン様方とも相談して、この時間は、必ず設けるようにしましょう」

「んっ! ――では、リプカ様」


 ロコの笑顔は、風景に映える鮮やかな情感――木に生った赤の果実のように、個が輝くような、魅力的な色彩だった。


「このミーナ、これから先も、どうぞ、よろしくです。――私のこと、忘れないでくださいね……?」



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