二人の天才・1-2

「じゅうおっ……っフ、ウッ、そ、そんな……」


 視界が回る。景色が明滅した。

 冷や汗を垂らしながら、茫然自失のていで項垂れて、声をボタボタと床に落としていた、と、そこに――。


「入るぞ」


 扉にノックがあって、返事を待たず、クインが部屋に入ってきた。


「お、結果報告が来たか。どうだった――いや聞くまでもなさそうだな」


 血の気の引いた表情を見て、クインは鼻息を吐き出した。

 リプカは震えながら、おぼつかない口を開いた。


「クイン様、どうしましょう……。お金が……――」

「開発資金の問題か。それは憂慮していた。見せてみろ」


 それほど――というか、少なくとも表面的にはまったく動揺のない声色で言って。

 携帯機を取ると、クインは椅子に深く座り、液晶画面を器用にタップして文面を確認しだした。


「――ロボット、というのは、カラクリの広義を指す単語だったか? ヒューマノイド形式の機会に脳髄モデルを組み込み、脳波をトレースして出力する。…………。なるほど、疑似知能を搭載する技術があるのか……? あー――記載があるな。Ai。この場合は疑似Ai。確かにこれは、馬鹿みたいに金がかかりそうだ。――――が、これは完璧を追い求めた場合の算段であり……――いや、そもそも……。…………。……………………」


 足を組み、肘掛に乗せた腕の手を、僅かに身を捩って眉間の上あたりに添えて、クインはしばし、時折フツフツと小さな声を漏らしながら、じっと、記載された携帯機の文面を検閲し続けた。


 窓から綺麗な茜色が差し込む。

 その光に僅か照らされたクインの姿は、急に十数も老成したような威風のものに見えて、思わずリプカは、じっとその姿に見入っていた。


「…………。――――変わらないな」


 やがて。


 クインは携帯機を手の中で弄びながら、ふと、呟いた。


「使い方にまで完全を求めるり方。飛び道具を使うことはあれど、あくまで、正道こそ我が道と主張するような……。だからこそ私たちは勝てたというのに。そして――だからこそ私たちは、然るべき敗北を喫したのだ……」


 小さく吐かれた鼻息は、どこか、もの悲しげな情緒があるように見えた。


 そしてクインは顔を上げて、正座の姿勢で待機していたリプカへ顔を向けると、信じられない言葉を口にした。


「私なら、もっと現実的な解決方法を見出せる」

「――――ほ――……、本当ですか……?」

「できる」


 それは揺れも淀みもない、断言だった。


「やつらの言葉でいえば、フランシス何某のやり方を、デチューンするような技法だが……【妖精的基盤症状】の解決策には違いない、私ならそれを形にできる」


 言うと、クインは立ち上がり。

 上目でなんらかを勘定しながら、リプカの頭にボフリと手を置いて、一度だけ髪をクシャクシャとした。


「全員に指示を出し、私はアルファミーナのと合流する。――お前はこちらのことは考えなくてよい、こちらはこちらでなんとかするから。シュリフとやらと向き合ったり、幼年の婚約者候補と対話を重ねあって、とにかく話を前に進めろ。夜には帰ってくる、だが昼の時間は、お前の力だけでなんとかする必要がある。パレミアヴァルカのをお前のところに呼び戻すから、勉学はしばらく、パレミアヴァルカのから教われ。手を抜くことがあったら殺ス」

「は、はい……!」

「――――さて、私もあとが無いな……」


 よく分からぬ呟きを残して、クインは背を見せて後ろ手を振ると、部屋から去っていった。


 ――残されたリプカは、僅かの間、放心みたいな様子を浮かべていたけれど。

 ハッと顔を上げると、勢いよく立ち上がって、また、自身も歩み出した。


 時間は有限、特に今は、この時間が値千金。

 きっと、クインであれば、そう激を飛ばす。


 拳を柔く握り締めて、リプカは歩みを進めた。

 向かうはもちろん、幼年組が待機している一室。


 意気を噛み締め、前に進む。なにができるのかは分からないけれど、なんであろうと――今自分にできることを、成すために足を進めた。



 

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