第百三十八話:あと四日。・1-1

 今度は近衛の方々の力で、再びからとなったお宿に他の者たちを預けると、いつかの日のように、城下街のほうへ歩を向けた。


 人々の生活が見て取れる街中に着くと、それもまた再現のように、大通りも見通せる路面脇の小奇麗なベンチに腰掛けた。


 なんとなくそうしているうちに、気付けば出会える。そんな予感があったから。


 果たして、その予感の実際は訪れた。よく見れば、少し距離を置いた隣脇に腰掛けていたのがシュリフであった。


 拍子抜けするような出会いに、しかし、まあそうだろうなという、不思議な納得がある。


「こんにちは、ミスティア様」


 声をかけると――そこには、一つの小さな意外があった。


 小奇麗なフードで表情を隠していたシュリフは静かに目を瞑っており、リプカの呼びかけに応じてゆっくりと瞳を開くと、そのとき初めてリプカの存在に気付いたように、眠りの無感から柔らかな微笑みへと表情を変えたのだ。


(――――眠るんだ……)


 そんな当たり前なことに小さな驚きを覚えながら、少し迷ってから、腰を上げてシュリフの隣へと席を移した。


 間近でシュリフの表情を見つめる。


 日を置いて見ると、特別な達観が見て取れる大人の色香に満ちた微笑みは、改めて、しみじみ美しい顔つきであった。

 一つの微笑みが、心胆の奥底に触れて、くすぐられる魅力がある。


「こんにちは、リプカ様。失礼致しました、少しうたた寝を」

「あの、お疲れですか……?」

「少し。私の愚姉ぐしは、思いのほか頑固で。いえ、思いのほかというのは、嘘になってしまいますね」


 少しだけ笑うと、シュリフは街行く人の流れに目をやって、ぽつぽつと語りだした。


「隠さず言えば、状況はせわしさを極めていますが、頑固を貫き通すつもりらしく、それで気力を充実させている節もありますから、過労で倒れるということもないでしょう。心配には及びません」

「…………。心配になってしまう内実です」

「まったく、頑固もあそこまでいくと、一つのやまいですね。まあ、それは追々……。――新婚約者候補の少女たちとは、上手くやれていますか?」


 笑って言ってから、ふと何気なく挙げたその話題に、リプカは少しだけ身を固くした。


「――ええ。てんやわんやに慌てることもありますけれど……毎日、楽しいです。おおむね、上手に付き合えております」

「それはよかった」


 そう言って浮かべた微笑みも、情緒を揺らす色付きに溢れた、花咲くようなもので。リプカは一々、ドキリとしてしまう。

 こちらも微笑みを浮かべながらも頬を抓るような気持ちで気を引き締めて、先手を取るような心持ちで話題を転換した。


「――彼女らは、どういった意図で私の元に寄越されたのでしょうか……?」

「そうですね」


 駆け引きのないリプカの直接的な問いに、シュリフは一瞬だけ言葉を探すようにした。


「それを伝えるにあたってですが……どうしたものでしょうか。――昔、あなたの元へつどわせた新王子の一人、アンヴァーテイラに言われたことがあります。『お前はデリカシーというものが欠落していますね。たとえ事実だろうと、「お前は馬鹿だ」と面と向かって伝えられたら、それはもう戦争でしょう。オブラートって言葉がその頭には詰まっていないようですが、それがどういうことか、そのトチ狂った頭にも分かるように教えてあげましょう。お前は馬鹿だ』――と」

「…………」


 語り調子や本人の口調までリアルに想像できてしまい、リプカは思わず額を押さえてしまった。


「その事情を包み隠さず伝えることは、だから、きっと、デリカシーに欠いた打ち明けなのでしょう。私はどうすればよいでしょうか?」


 それ自体がもう、若干デリカシーに欠いた口述であったが、リプカは迷いを見せずに答えた。


「言葉を濁す必要はありません、教えてください。それで激高するほど、うつわ狭くはないつもりです」

「承知しました」


 ニコリと笑んで、姿勢をリプカの方へ正して向かい合うと、シュリフは語り始めた。


「では、意図したところをつまびらかにしますと――実をいえば今回の事柄ですが、残念ながらリプカ様の選択が、微妙にセラフィの限界に間に合わないという事情が私の眼に映りましたので、不肖、手回しをさせていただいた次第です」

「そ――……そうだったの、ですね……」


 もちろん、全てを信じたわけではなかったが、その打ち明けには絶妙に納得させられる説得力があって、リプカは得心を浮かべて、素直に頷いていた。


「あのお方々が、私の助けとなってくれる、ということでしょうか?」

「概ね違いませんが、今までとは異なる点が一つ。それは、リプカ様、ここから先のお話は、未来視で覗いた事柄ではなく、私の、ただの願望を語るだけの私語しごであるということです。予期というより、お願い事と言ったほうが正しい。それでも――聞いてくださいますか……?」

「はい、聞かせてください」


 シュリフは今一度、莞爾かんじとして笑んだ。


「ありがとう。――リプカ様」


 ――そして紡ぎ出したのは、底知れない雰囲気の託宣などではなく、それこそ、ただお願い事を口にするような、特別なところのない語り口の言葉であった。



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