あと四日。・1-2

「新たに集った三人の王子方と、数日間の日常を過ごしてほしい。


 彼女らと遊んだり、笑い合ったり、苦難を乗り越えたりする中で、それぞれに視点の違う、重要な歓談を交わし合うひと時があるでしょう。


 話す中で新たな気付きを得るその機会は得難いもの。しかし猶予は、『明日からの三日間』を見てほしい。


 そして四日目の朝、貴方様は新たな王子たち三人の内から一人を選んで、その者の意見の、真意とするところを、どうにか知ってほしい。そうして、まことに得た知見を携えて――あなたは答えを知り、セラフィに挑める。


 明日から七日間のうちに、全てが終わる。


 七日を過ぎれば、事態は急変の様相を呈して、物事は複雑を極めてしまう。七日のうちに終わらせるのが好ましい」



 ――――シュリフの話を聞き終えると、リプカは口を噤んだまま一つ頷き、そのまま俯き気味になって、そして……口元を、まるで咀嚼するかのように、本当に小さく動かし始めた。


 クインの教え。


 顎や口元に手を当てたり、どこかしらを掻いてみたり、あるいは地蔵のように動かなくなったり……冷静に考えたいときに形作るべき、適切な仕草を見出し、できれば無意識で心掛けられるようになるまで、最初は意識して日常規則的ルーティーンとすること。



『妙にしっくりくる、相応しいモノが見つかるまで、ひたすら探し続けるぞ! オラ、色々試してみろッ』


『集中できてねーだろがいッ!』『アーーーッ!』『拷問を開始するッ! なんとなくリラックスできて、ストレスのかからない仕草を、ハイストレスの中で探してみろ!』『こんな習得方法あるんですか!? これホントに正しい!?』


『オラァッ』『アーーーッ』『次の問題だ! ストレスフルな中で冷静を引き出し、見事これを解いてみよッ』『く、うっ……――ぐぅうう………………。…………。……――いやコレ、普通に分からないのですが!?』『馬鹿野郎』『アーーーッ!』



 クインとの特訓の記憶が少しばかり思い出されながらも、リプカは凪のように静まった表情のまましばらく、考えを巡らせ続けた。


「ミスティア様」


 やがて少しだけ落ちていた瞼を上げて、目線を前へ戻すと、リプカはシュリフのほうを見ぬまま、彼女の名を呼んだ。


「いくつかのことを教えてください」

「なんでしょうか?」

「ミスティア様は仰いました。ここから先のお話は、未来視で覗いた事柄ではなく、私の、ただの願望を語るだけの私語である、と。――しかし、それを打ち明けることで、私がその道に指針を向けることに関しては、未来視の予期で覗いた既定路線だったのでは?」

「どうでしょうか? 弁明しても……結局のところ、信用の問題になってしまいますから」

「気になるのは、その先で何を見つめているかということです。私の選択が、微妙にセラ様の限界に間に合わないという事情があった、ということに疑いを持っているわけではないんです。ただ――あの理由には、スッと納得できる絶妙があった。その“絶妙”が、『最低ラインギリギリ』という意味であったような気がして、それが気がかりになりました。――それは嘘ではないけれど、理由の重要は、

「――こうしてまた会い、お願い事を口にしていること自体、リプカ様を利用しようとしているという見方は、また事実でしょう。しかし、これも信用の問題ですが――私の願いに、たばかりはございません。良いと感懐を胸に抱いた、その未来を信じている」

「それもまた疑うところではありません。貴方様がセラ様を想う心には、私も心打たれたところですから。

 私が気になったのはね、ミスティア様。貴方様の話の中で、一度も、なんです。ミスティア様、貴方様は今回、最終局面までの導線を引かれようとしましたね。――どうしてそこに、貴方様の姿がなかったのですか? 自分で自分のことを言うのは、恥ずかしかったから……?」


 リプカはそこで、ようやくシュリフのほうへ、顔を真っ直ぐに向けた。


「最初の疑念はそういった意味です。私たちを助けることに関しては真実でも――貴方様には隠していることがある。そう感じました」


 シュリフの、奥にも輝きの見える不思議な色の瞳をじっと見つめて。

 リプカは、問うた。


「ねえ、ミスティア様。貴方様は、『明日から七日間のうちに、全てが終わる』と仰いました。――穿った考えですが、それはまさか、貴方様の御身のことを含めた全てということじゃあ、ありませんよね……?」



『理論立てて考えることに才能はいらん! ひたすら反復で鍛えるのだ、努力で思考力は高められる!』


『最初は、目的から解釈する方法でいい。慣れてきたら、一つが指す意味合いから、次の意味を見出し、『だとするのなら』の発展や、『なぜ』の掘り下げを繋げて樹形図を形作るのだ。大樹のような樹形図が形作れれば、目的に注視するあまり独善的な目線になり、視野狭窄に陥る、という事態も避けられる。

 本質的な意味合いを押さえて、主張と根拠の骨格を作るのだ! オラ、ひたすら鍛錬じゃァ!』



「私たちのことを想ってくださるその未来は、同時に、都合の良い結末でもあるのでは?  穿ち過ぎた見方でしょうか? 教えてください、ミスティア様。貴方様が仰ったその未来想定は、どんな意味合いを内包しているのでしょうか? また、元々の未来であったというそこには、何が欠けていたのでしょうか……?」


 ――僅かに、シュリフの瞳が見開かれた。


わきまえの過ぎた、不躾な疑問のぶつけかたでごめんなさい。でも、貴方様の話に乗るかどうかは、そこを聞いてからでないと判断できません……」


 謙遜しながらも、対等の姿勢を見せた譲らない意思を明確にして、リプカはハッキリと、ミスティアにそのことを伝えた。


「セラ様のお心に寄り添いたいという動機を胸に、アリアメル連合の地に赴いて。そこで、貴方がた姉妹がこの先も笑い合える未来を望むことが、私の、一つの目的となった。何故なら、その未来なくして、「大丈夫」だと声をかけて寄り添う心も無いと、そのように解釈したから。


 ミスティア様。だから、場合によっては……私は、邪魔立てを承知で、お節介を続けることもあるでしょう」



『相手と自分に、あまりに話力わりょくの差があると感じた場合は、ワザと敵対を向けてみるのも、一つの手だ。その時々、その話において、相手方は反対勢力か、はたまた味方なのか――向けてくる感情がはっきりとしたものになるから、それで分かりやすくなる。感情の露出を見て、それ以上を知れることもあるが、当然、状況によってはネガティブな関係性に陥る。使いどころには気をつけろ』



 相手方の立場によっては、睨み据えるような意味と捉えられることを口にして。


「ミスティア様のお話が、示すところの意味を教えてください」


 幾度目かの問い掛け、その言葉を話の締めとして、あとはもう、シュリフの様子をじっと見つめて、出かたを窺う体勢を取った。


 シュリフは、しばし、ただじっと、リプカの姿を見つめていた。

 目の前にある姿の、全体像を見極めようとするように。


 そして――やがてシュリフは、まるで母や姉がそうするような類の、様々な情が入り混じりながら表情を柔らかにする、あの、笑いかけるような微笑みを表情にした。


「本当に――見違えるように、成長なさいましたね、リプカ様」


 それもまた、ただの驚きではなく、その姿に真っ直ぐ微笑むような表敬で――赤の他人がそんな表情で、そのような言葉をかけてくるのは妙であったけれど、リプカはシュリフの言葉に、頬を赤く染めて俯くほど、思わず、気持ちを跳ねさせた。


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