”ジュミルミナ”の皇女・1-2

「そのお話から見える、ジュミルミナの在り方、ということについて……どうして“世間体を気にしてのことではない”ということが重要であるのか、そのことについて、詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「はい。これも単純なワケでして、良いなと思ったり、素晴らしいと考えたことについては、できる限り表現して主張したいと考えているからです。それを恐れたくないのです」

「良い考えですね。誰もが自分の考える素敵を怯えず表現できるのなら、それは素敵なことのように思えます」

「いえ、お話はそういうことではなくて――私がそれを心掛けているのは、それによって、対話のチャンスが生まれるかもしれないからでして」

「対話のチャンス……?」

「例えば、リプカ様、先程に最初選んだ私の服装――あれを見て、もしかしたら、『ちょっとハレンチだな』という思いを抱いたりしたのでは?」

「えッ! そ、それは……っ!」

「フフ、皆様、とても驚いておりましものね。もしかしたら、そう思われたのかもしれないと感じてまして」

「それは……うぅ、しょ、正直、すこーしだけ……」

「でして。しかし私は、あのお洋服が心底、素敵だと思いました。着る姿を想像しただけで、ドキドキが止まらなくて、姿見を見たときは、自分を少しだけ好きになれたような思いを抱きました。――いいえ、謝られることではないのです。そこで、意見が食い違ったのなら――対話のチャンスが生まれる」

「対話……?」


「不愉快に思ったり、それに近しい感慨を抱かれたのなら――どうしてそう思ったのか、それを知れれば、その人の見る情景景色を、ほんの少しだけ知ることができる。またこちらも、その服のなにが素晴らしく思えたのかを語ることができれば、もしかすれば――互いの世界の色を、少しだけ、受け渡すことができるかもしれません。


 自由意識の在り方にはどうしたって制約がかかります。だからこそ、大切なのはきっと、互いの世界の色の在り方を、互いに知れることでして。そんなこと無理難題の、ともすれば言語道断であるやもしれないけれど――互いの見る赤色が異なる色味であることくらいは、きっと、気付いてもよいこと――。


 それを知れれば、怯えるような不可解も、敵対みたいな追害の心も、少しは軽くなると思うのでして。ああ、色味は違えど赤は赤だったんだな、ということに気付けて――共感は分からないけれど、理解はなんとく、生まれるはず。


 不明瞭であることは、怪しいということではない。


 きっとそれを知るたび、人の規律は前進する。私はそう思うのでして。


 もしかして願っているかもしれないそれを思いながら、私はジュミルミナとして、日々を見つめて、不肖、邁進しております。故に、私の主張とするそれを、知っていてほしかった……」


「それは――私とも、対話のチャンスを作るために?」


 若干、恐る恐るな感情が声色に表れてしまったその問い掛けに、オーレリアはニッと微笑んだ。


 そして――シュリフに選ばれた皇女が次いで上げた話題は、まさにそのことについての話であった。


「私は、今回【シュリフ】の願いでここへ参りましたが、正直――彼女はここで消えるのが、自然な定めだと思っています」


 思いのじつを伝えた、削ぎ落された端的で率直な言葉。


 予兆なく剛速球のように投げてきた意想外に、リプカは衝撃うけて、無防備なところを雷に打たれたようになってしまった。


「また私は、今後きっと、それを望むように動くことでしょう」

「――――ど、どうして……?」


 言葉に詰まってしまったリプカへ向けたのは、落ち着き払った平静な表情。

 オーレリアは臆することなく、自身の思いを言葉に乗せるような口述で、話を続けた。


「貴方様はこれから、そのワケを知るでしょう。必ず彼女は接触を図ってくる、そしてその中で、自身の存在、その在り方というものを貴方様に伝える。そのとき――私がそのような考えに及んだ理由を、貴方様は推し量るでしょう。言葉は変ですが、それはおそらく、確実なこと。――――けれど」


 この小さな少女が敵であるのか? これから、戦うことになるのか……?

 どうやって、どのように……?


 混迷の交戦姿勢にあるリプカへ――オーレリアは再び、歳の頃らしい微笑みを向けた。


「けれど、貴方様が、私と同じ答えを出すとは限らない。――そのときは、互いの見つめた情景を知れる対話をもって、ぜひ意見を交わし合いましょう。そうすれば、そこにあるのに見えなかった色に、気付くこともあるかもしれないから」


 そして、髪色よりやや落ち着いた、白銀のまん丸な瞳で、オーレリアはリプカへ、友達に向けるみたいな、軽やかで真っ直ぐな視線を向けた。


「貴方様の前には未来がある」


 ――――オーレリアの表情を見つめた。


 本当になんの変哲もない、年相応な、飾り気のない無垢色の温かい表情だった。


 交戦姿勢を取っていた自分の、賢明から外れたさまを知る。


 私、九歳の頃、どんなことを考えていたっけ……? ふと、そんなことを思う。


 情感が凪ぐと、リプカは立ち止まり、オーレリアに片手を差し出していた。


 オーレリアも立ち止まって――その手を取った。


「リプカ・エルゴールです。どうぞ、お見知りおきを、――オーレリア様」

「改めまして、オーレリア・アイリーン・ジュミルミナでして。色々と至らないところもあるから、迷惑をかけてしまうかもしれないけれど、よくしてほしいです」


 悪戯っぽく笑うオーレリア。


 世界は広いのかもしれない。今後何度も思うそのことを、初めてふとリプカが思ったのは、このときだった。

 次世代は輝いて見えたから。


 では、自分は?


 私の役割、私の等身大。――少しだけ、考える事を増やす契機になった。


 そんな、なんでもない道途だけれどはっきりと記憶に残る、アリアメル連合、道すがらの出来事であった。



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