第百三十二話:”ジュミルミナ”の皇女・1-1

 オーレリアが選んだお店では結局、オーレリアとサキュラ、そしてロコの服だけを購入し、リプカはキッズ服の着用を免れた。


 クインを除く他の面々は、リプカ言うところの『入り口にバリアが張ってある』ようなハイブランド、アンが物怖じもせず選んだ高級店で一式を揃えた。


 当然リプカは再び緊張を抱いたものだったが、ズカズカと遠慮も見せず店の敷居を跨いだアンの、あまりに恐れ知らずな態度に付いていくのに必死で結果緊張する暇もなく、ゆっくり服を選べたりした。


 眠るサキュラを背負いながらであったので、どこか合間あいま時間を見つけた夫人感はあったが。


「良い感じですね。アズナメルトゥ様、ありがとう。あと、海辺のほうで別荘も買ってくれませんか? 旅の記念、この思い出を忘れないように……」

「買いませんっ」


 小憎たらしい軽口を叩くアンだったが、黒のハイネックに、胸元を大きく開けて見せたドロップショルダーのシャツ、ベルトにパンツどころか靴まで揃えた、品良く落ち着いた大人っぽいスタイルには大変満足な様子だった。


 というか、幼年組でドレススタイルだったのはオーレリアとサキュラだけで他は普段着だったので、本当にちゃっかりしたものである。


「いやほんとに、ありがとうございますっス。私まで……」


 ポップなストリート服という珍しいスタイルで決めたロコは非常に恐縮していたが、一方で一式どころか財布まで買ってもらったアンは実に堂々としたものだった。


 ――さて、次の目的地は、ロコの「マリンスポーツを見てみたい!」という希望が通り、少し離れた場所まで歩いて移動することになったのだが。

 その道中、思惑があったわけではなく世間話を振るような気持ちで、リプカはオーレリアに、先程ふと気になったことを尋ねてみた。


「オーレリア様、どうして先程は、最初に試着なされたあのお洋服をお選びにならなかったのでしょうか? そちらもとても似合っておりますが、あちらは、特にお気に召された様子だったのに」

「ん……? いえ、元々私の髪色を隠すための帽子を買っていただくというお話でしたから、大きなキャスケット帽子に似合いそうな服がこちらであったというだけでして。でして、なにも重大な理由があるというわけではありません。あれは、ちょっと着てみたかっただけでして」


 頬に僅かな赤みをさして、オーレリアは照れくさそうに頬を掻いた。


「なるほど、そうでしたか。繰り返しになりますが、オーレリア様、そちらのお洋服も、とても似合っています」

「んふ、リプカ様のお洋服も、とてもお似合いでして」


 最初にオーレリアが勧めてくれた服のデザイン要素を取り入れた、シャツとスカートのモノトーンというリプカの大人びたスタイルに称賛を返すと――オーレリアは間を置いて、窺いたてるような視線で、ちらとリプカを見つめた。


「どうしました?」

「あの、リプカ様……少しだけ長いお話になってしまうのですが、聞いて頂けますか?」

「…………? ――はい、聞かせてください」


 リプカの微笑みの了承にはにかみを返すと、一つ礼を口にしてから、オーレリアは語り始めた。

 それは期せずして知ることになった、オーレリアという少女の芯、心の在り方のお話だった。


「こちらの服を選んだことには、なにも重大な理由があるわけではないのですが――ですがリプカ様、、そのことを、分かっていただきたいのです」

「――え、と……。それは、どういったことでしょうか……?」

「たとえば、立場におけるイメージの堅守、それとか、人目を気にしての気後れといった、世間体を気にしたワケではなかったということを、知っていただきたいのでして。そちらは、私にとっての重大が多分に含まれていることですので――。ジュミルミナとしての、在り方のお話です」

「ジュミルミナ……」

「普通の性とは異なる形の名です。代々の象徴が受け継ぐそれには――【次代の】、という意味合いが込められています」


 次代の。


 それは、ふと呟いたそれだけで予兆めいた感慨を覚える、新鮮な言葉だった。


「私は【エレアニカの教え】の象徴アイコン。故に、できる限り考え続けなければならない。――自由とはなにかということを」

「……難しい問題です」

「そう、その難しい問題を、できるだけ簡単に解釈するのが、ジュミルミナの役割でして」


 幼年の少女というイメージを超え、話は皇女として教え諭すような内容に移り変わり始めていたが、オーレリアの深刻になり過ぎない微笑みの表情には、畏まった改まりを感じさせない気軽さがあって、リプカも固くならず、自然と楽な姿勢のまま話を聞くことができた。

 それが皇女としてどれだけの資質であるのか、リプカは気付けずにいる。


「私は、随分と難しい命題を相手にしているのかもしれませんが……なにも考え方までムズカシくする必要はないワケでして。生まれてこのかたの身でして、そもそも理論立てた考えなんて、どうしたって机上の空論です。そうでしょう?」

「まあ……確かに……――」


 もあり、また年の頃よりしっかりとしたオーレリアが言うので、返答はイマイチ共感のない曖昧なものになってしまったが――よくよく考えてみれば、振り返れば自分が九歳であった頃など、たしかに生まれてこのかたという感じだった気がする。理論立てた考えなど一つも持っていなかったはずだ。

 隣にフランシスという例外中の例外があったため同意しづらかったが、ともすれば本来、そんなものなのかもしれない。


「そうかも、しれません。何事も、早計は指針無き軽率ということもある――」

「でしたら、自分で見て聞いて触れたもの、それら実際から様々な感慨を得て、そのたびに考えて――まずは一般の論を排した考えを蓄えてから、それから、世間の論ずるところや規律の在り方といった、難しい学問を学べばいい。そうすれば、学びの中で多くのことに気付けるはずです。物事の見方に多くが望める、多様性を見ることができる。――受け売りですが、私もそう思いまして。未来、私が次代を担うそのとき、私はきっと、自由について考えを止めることなく、物事を新たに見続けることができる。そう期待しているし、そうありたいと願って日々を過ごしている。――なんて、まだ若輩の身でして、なにを今からという話です。だから今は、背伸びなんてせず、ただ、日々を見つめております」

「…………」


 オーレリアの話に、リプカ言葉もない程にひどく感心した様子で、ただただ口を半開きにしてオーレリアを見つめていた。


 論理立てた考えを持っている、なんて次元ではない。

 リプカはこの少女から、『等身大で考える』という、最も道険しく得辛い、人の聡さを見取った。


(お師匠様から教わった、【人の最奥】たる意識の持ち方――)

(誰もがそれを持てば、世界と向かい合える無限の意思を獲得できるという――今まで、その意味も分からなかった言葉、だったけれど……)


 オーレリアという少女を見て。

 嗚呼、こういうことか、と。

 リプカは、今更に気付いた。


(やっぱり――)

(ミスティア様が選んだお人は、特別であった)


 マリンスポーツが見れる場所まで、ゆっくり徒歩で移動。時間はたっぷりとあった。

 リプカはもう少しオーレリアとお話ししたくて、今度はこちらから話を振った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る