第百三十一話:オーレリアのガーリー・ポップ

「決めました!」


 店内のあらかたを見終えて、もう一周した頃に、オーレリアは両手に取った洋服を嬉しそうに抱えながら、明るい笑顔で快活な声を上げた。


「これらを試着したいと思います」


 店員に許可を取って、頬に赤みが差すくらい心躍らせながら、それらを試着した。


 そして――。


「皆さん、できまして」


 試着室から、向日葵のような笑顔を咲かせて姿を見せたオーレリア。


 上下と帽子のフルコーディネイト。オーレリアの選んだそのファッションを見て、思わず皆一様に、「おおー」とただ声を上げる一辺倒な反応を返してしまった。


 およそオーレリアのイメージからは遠い、tender ageのためのガーリー・ポップを全面に出したスタイル。、スポーティ・カジュアルの要素も感じるくらいに肌色の多い、とても派手な着こなしだった。


 すごく似合っている。

 透けるような白い肌と、ガーリー・ポップの主張激しいデザインがコントラストなギャップとなって、自然と目を惹く独特の魅力を演出していた。


 似合っている、けれど――けれど、エレアニカの皇女がそのスタイルに身を包んでいるさまが、なんというか……、凄まじ過ぎた。さしものアズも、「おおー」以上の声が続かなかった。


(男の子たちに言い寄られてしまう――!)


 なんて、またしても部屋付きメイドのようなことを考えていたリプカだったが――目を輝かせる真剣で選んだ服に身を包むオーレリアの表情に注目すると、そんな思いも吹き飛んでしまった。


 姿見を眺めながら、踊るように身を振って自身の姿を確かめるオーレリアの、多くの思いが色のように混じった表情。それは情緒に溢れた、自然と浮かんだ温かい微笑みであった。


「うん」


 納得するように頷いたオーレリアは、本当に満足気で。

 その様子を見たら、無粋な心配事など頭から吹き飛んでしまった。


「とても似合っております、オーレリア様」

「ありがとうございます」


 はにかみながら応えたオーレリアは、今一度姿見に映った自分を見つめて、踊るように歩を踏んだ。


「満足です」


 そして一言ひとことうと、特に名残惜しむこともなく姿見から目を離して、「では、これから着ていく服を決めようと思います」と、もう一度試着室へ引き返してしまった。


「あれ? そちらのお洋服はよろしいのですか……?」

「先程のは少し派手すぎますから。目を惹いてしまうので、選ぶのはもう少し主張抑えめな服にしようと思います」


 とカーテンの向こうから声をかけて、そして姿を見せたオーレリアのスタイルは、なるほど先程の服と比べて個性の丸いデザインであった。


 ちょっとオーバーサイズなリボンタイシャツに、カボチャをイメージさせるワイドパンツ。纏めた髪を内に入れてちょこんと被った、キャスケット帽子が可愛い。今度のファッションは、ファンシーな要素を散りばめたスタイルだった。


「これにします。よろしいでしょうか?」

「とても良いと思います」

「そっちもいいね! オーレリア様、最初に試着した服も買ったげる! すごく似合ってたから!」

「よろしいのですか……? ――ありがとうございます」


 アズの気前の良い提案に、オーレリアは微笑んで礼をした。


「他の子も気に入った服があれば選んじゃいなー! 今だけだぜー!」

「リプカ様、ここで着用目的ではない換金目的の高額商品を強請ねだったら、私は軽蔑されますかね?」

「軽蔑されます」

「私はこういうの似合わなそうっスねー。髪色と合わないかも」

「そんなことないよ。さっきの組み合わせはとても似合っていた」

「――――ア――――ァ――――」

「リプカちゃんのも選んじゃおう! ていうか、私たちの服も見繕わないと」

「わ、私の服も……?」

「まあ、いい加減、街中でドレススタイルは目立つよな」「私、この系統のデザイン以外、あまり嗜まなくて……。似合うデザインはあるかしら?」「私は脱がんぞ。このドレスはオルエヴィアの戦闘服だから」


 ワイワイ騒ぎの最中――オーレリアはどうして最初の服を選ばなかったのだろう? と、ふとリプカはそれが気になった。


 少し派手すぎて目を惹いてしまう、という言葉を疑ったわけではなく、なんとなくそれ以外にも理由があるように思えたのだ。例えば、立場の話であるとか。


 なにも重く捉えたわけでもない、ふと思い浮かんだだけのことである。わざわざ口に出して深く突っ込むことなく、僅か気に留めただけで流した疑問であったが――実はその何気ない疑問こそが、オーレリアという少女を知るための、白銀の鍵であった。


【エレアニカの教え】の象徴たる少女。

 その本質を、リプカは間もなく知ることになる。


 彼女が心に据えた、象徴のいちたる役割の在り様を――。


「んじゃリプカちゃんの服を選んじゃおうっ!」

「本当にここで選ぶのですか!?」

「コレどう!? 元気ハツラツなセクシー系のカワイイスタイル!」

「た、丈は入りそうですけれど……私もう成人……」

「これはどうだ? ちょっと背伸び大人スタイルの服」

「大人が『ちょっと背伸び大人スタイル』の服を着たら珍妙ですよ、ビビ様!?」

「リプカ様、こちらはどうでして? 丈で見るスタイルが素敵ですので、お似合いになると思います」

「あ、モノトーンで可愛らしいお洋服ですね。これならなんとか。……ク、クララ様は、どの服が、わ、私に似合うと……思いますか?」

「そうですね――。気分を変えて……こちらとかどうでしょう? とてもお似合いになると思います」

「――――エッ!? あの、クララ様……!? こ、これは……――!」

「往来だッつってんだろがッ!」

「ふぇっ!? な、なぜ……!?」

「あー、アリアメル連合とエレアニカ連合じゃありふれたスタイルですけど、外じゃ馴染みのないデザインなんでしたっけ、チュニックサイズのロンTて」

「ネグリジェじゃろうがコレッ。思い人にこのチョイスって、オッサンかコイツ!」

「違います、違います……っ!」

「――――ク、クララ様。ど、どうでしょう……? 似合いますか……?」

「……――と、とても――はい――」

「発情してんじゃろがッッ」

「似合ってますけどね。なんにしてもうっせーなこいつら」

「フフッ」


 エレアニカの皇女は笑う。

 年頃の少女らしく。


 しかしその純心の奥にある、鮮やかな芯の力強さを、リプカはまだ知らないでいた。



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