サキュラ、はっさい。・1-2

(か、買えなくもないけど……フランシスからのお小遣いを使えば――……あっ)

(そ、そういえば……今は、フランシスからのお小遣い、使えない……。どうしよ)


 眉間に皺を寄せたリプカの肩を、トンと頼もしく叩く者がある。


 アズ――ではなく、リプカの背をよじ登ってきた、サキュラであった。


「リプカ……このお店のお洋服、私が、買ってあげる……」

「え――サキュラ様が……? いえ、そういうわけには――」

「そのかわり」


 サキュラはリプカの頬に顔をくっつけんばかりの姿勢で、勢い込んだ声を割り込ませた。


「そのかわり……! 明日もシュワシュワ飲むこと、ゆるして……」

「え……、んん、……それはもしかして、ご両親にそのように言われて……?」

「食べ物を食べるときは、こんやくしゃこうほの主様あるじさまに聞きなさいって……」

「んー……」


 リプカはちょっと考えてから、頬横に陣取ったサキュラへ冷静な声を向けた。


「サキュラ様、そのことは、後々考えることにしましょう。お洋服の話は、受け取れません。ごめんなさい」

「だめ……?」

「なにも問題がないと分かれば、明日もシュワシュワを楽しみましょう! 他のお方……近衛の方に聞けば、詳しいことが分かるかも。でも――サキュラ様、貴方様は、本当は分かっているはずでしょう……? こういった交渉は、ちょっとだけ、反則です」

「…………」

「サキュラ様のお身体が一番大切! ねっ? 私たちはきっと、特別なお祭りの中にいます! でも……ご両親のお言葉、サキュラ様はそのことを考えて、今回のことに、どういった答えを出しますか……?」

「…………」


 サキュラは一気にテンションを落として、傾いだ眉で下を向いて、口元をとした。そして――。


 唇に力を込めるように、表情をきゅっとすると。

 リプカの肩に顔を押し付けて――ぐずり始めてしまった。


「あ、あらあら……」


 リプカは優しく苦笑してサキュラの頭を撫でた。

 顔を埋めた肩口から、「でもシュワシュワ飲みたかったんだもん……」というくぐもり声が聞こえてくる。


(そりゃあ――八歳ですものね……)


「サキュラ様は、他人の思いを汲み取れて、とっても偉いです」


 埋まった頭を撫でて宥める。――ついでに、胸やお腹のほうにもさっと手を走らせ、指先や平手で押すようにして触れた。


(――異常が見られるほどの、著しい肝機能の低下は見られない。健康体であるようだけれど、あまり刺激のあるものを取り過ぎると、具合を悪くしてしまうかも……)


 近衛の方に聞けば、詳しいことが分かるかも、とは言ったが、実は昨日のうちに、そのへんの詳細については、すでにエレアニカ連合へ帰国した巨人クゥスタスから説明を受けていた。

 アレルギーなども特に見られず、問題なく様々を食べられる体力はあるようだが、例えば長時間馬車で移動するときなど、大人でもこたえるような消耗を要することにおいては、お薬を飲まないと、とてもじゃないが体がもたないとの話だった。


(…………)


 シュノイド症候群。難病を患っていた子。


「……サキュラ様は――」


 それを思い、つい口を突いて出そうになった問い掛けを、慌てて口の中に押し込む。


「なあに……?」

「いえ、…………」


 まだ早い。


 核心の質問を、この子の幼心おさなごころに問いかけたい気持ちに駆られた。

 だが――と、その考えを繰り返して改める。この子は、ミスティアが選んだ三人の内の一人。


 きっと、焦るべきではない。


「サキュラ様は、どんなお洋服を着てみたいですか?」


 代わりにそんなことを尋ねてみたのだが……返事はなかった。


「……? サキュラ様……?」

「――――すぅ……」

(寝た……!)


 妖精のような自由奔放さに、驚きを飛び越えて、何か神秘的なものを見たような感嘆を覚えたリプカだった。


「リプカ様、こちらを試着してみてもよろしいでしょうか……?」

「あ、オーレリア様、どうぞ、どうぞ……! ……あ、っか(小声)」

「リプカちゃん、今日は任せろ! ジャジャーン、クレジットカードッ!」


 アズが掲げた、信用の象徴である家紋が入った、手のひらサイズのカードは、黒一色に輝く、なんだか神々しいものだった。


「昨日のうちに、お宿の人にカード情報を渡して、ここら一帯のお店で使えるようにしてもらったから、遠慮なく頼ってちょうだい!」

「フン」


 アズの掲げたそれを見て、クインがどうしてか不機嫌な鼻息を漏らした。

 ……信用を担保にツケを効かせるカードであるため、信用の瓦解したディストウォール家が失った物の一つであるからだろう。


「というか、当然のようにブラックカードか。ほぼ無制限じゃろそれ。この機会であるし、上手くちょろまかして、アリアメル連合に家でも買っとくか?」

「コラコラ、そんなこと言うと洋服も買ってやらんゾ」

「アズ様、ありがとう」


 と礼を述べながら、「あ、それ私も持ってるカードだ」と、リプカはのことを思った。


 正確には、リプカのガマ口財布に入っているカードは、鏡のような黒の下地に白の縁取り線が描かれた、準制限のクレジットであった。

 シィライトミア領域入口のお宿でカード情報の伝達を頼んだのだから、昨晩泊ったお宿でもカード情報を渡しておけばよかったな、とちょっと反省した。


 ちなみに準制限でも手頃な別荘くらいはギリで買える。

 しかしフランシスからのお小遣いはタダではなく――後日、使用した金額に応じた無茶振りを課せられるため、こちらも滅多なことでは使わないリプカだった。



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