第百三十話:サキュラ、はっさい。・1-1

 最初は、シックとクラシックが上手に融和した、いかにも垢抜けた大人なブランド店に入ろうと思っていたのだが、しかし直前で二つの問題に気付き、その考えを改めた。


 一つは、買い物の主役がオーレリアであることを思えば、オーレリア自身に好きなお店を選んでもらったほうが喜ばれるのではないかということに気付いたこと。


 もう一つは――。


「あのお店、入り口にバリアが張ってある……」

「ん? リプカちゃん、どった?」

「あ、いえ、なんでも……」

「リプカ、気持ちは分かるぞ」

「…………?」

「フン、ダンゴムシが」


 見える敷居に、尻込みしてしまったこと。


 もちろん、現在リプカが着ているドレスはフランシスが買い与えたものであり、どこに出ても恥ずかしくない相当な代物ではあるのだが、そういう問題でもないようだった。

 特訓の成果もあり、店に入ることはできるだろうが、それでも覚悟を決めたカチンコチンになってしまいそうで、今はそういった姿は、皆にあまり見せたくなかった……。


 というわけで、ショッピングを楽しむお店はオーレリアが選ぶこととなった。


 当然、道中また、新婚約者候補たちの意外性にぶん回される展開があったわけだが――それも程々で済んだのは、オーレリアの即決があったからだろう。


「ここでお買い物したいです」


 と、オーレリアが選んだのは――。


「ここ、ですか?」

「はい」

「そうですか――。では、そうしましょう!」


 と、リプカは動揺を抑えて答えたが、オーレリアの選択は、皆にとっても思いがけないチョイスであった。


「うわ、私、こういう服似合わなそうですねー……」


 通路を歩み並べられた服を見繕いながら、アンがそう漏らした。


 サキュラには、まだちょっと早いだろうか?

 そう考えれば年相応な選択だが、歳の頃にしては落ち着いた物腰と、皇女という格を考えれば、やはりそれは意外性の趣味である。


「これは悪口でないことを理解してほしいのですが……リプカ様はこういった服、似合いそうですね」


 アンの言葉に、一同は思わず、心の中で頷いた。


 店内に並べられているのは、とある年の頃にしか似合わない、彼女等のためのデザイン。

 幼年抜けきらない者だけが魅力を際立たせることができる――未成熟なニュアンスを表現しながらも、それでいて、対象の年代から見れば大人びた要素のある、ちょっと派手なビジュアルの揃いであった。


 親御さんによっては、その服に眉を顰めてしまう人もあるだろう。

 それは、その年の頃の少女が、胸を張って魅力を主張するためのブランドだったから。


「これと、これ――これは……こっち……でして――」


 そんな中で、オーレリアは大いに目を輝かせて、その輝きとは対照的な沈着の様子で、ひたむきなほどの真剣を見せて洋服を見繕っていた。


 リプカの背で寝ていたサキュラも目を覚まし、他の幼年組もそれぞれ、店内を見回っている。アダルト組は主に、リプカに似合いそうな服を面白半分で見繕っていた。


「ファッションローズ! このブランドはアルファミーナでもたまに見ますね。これ、どうっスかね? 私に似合うと思います?」

「知りませんよ。ビビさん、これはこの女に似合うと思いますか?」

「マァッッ!?」

「んー……こっちのほうが似合うかな……」

「ヘッ!? ――へッ、エッ……ヘェェ……――」

「死んだ。静かになりましたね」

「リプカちゃん、これ似合う! 絶対似合うッ!」

「そ、そうでしょうか……? ――クララ様、ど、どう思いますか?」

「…………」

「オィイ、顔面を真紅にして顔を背けるな、お前その反応はやめろ、往来だぞ?」

「…………」

「どんだけ発情しとんじゃッ!」

「リプカー、こっちもー……」

「あ、確かにこっちも似合いそうッ!」


 と、テンション高く買い物を続ける一同だったが、ふとクインが現実を投げかける話をリプカに向けた。


「んで、金は足りそうなんか?」

「ん、ええと――」


 と、このときはまだ変に取り乱すことなく、余裕があった。


 なにせ手元には、見た目よりも多くの中身が詰まったガマ口財布があるのだから。お金とは、余裕のことである。首も回るというものだ。


 意外に思われるかもしれないが、リプカはフランシスからのお小遣いと、そして自身で稼いだ金銭でやりくりしており、その貯蓄もわりかし潤沢であった。――稼いだといっても、出どころが言えない金であるため、滅多にそれを大盤振る舞いで使うことはないのだが……。


 ので、アリアメル連合に渡るという際それを引き出してきたリプカは、街売りの服を買うくらいの余裕はあるだろうと踏んでいたのだが――。


 値札に目を移す。


 予想よりゼロが一つ多かった。


 なんなら先頭の数字も予想外の記号が刻まれている。


(――ッか!)


 ちなみに、品質を考えると適正価格である。

 田舎の城下町とはワケが違うということであった。



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