皆それぞれの自由奔放・1-2
「私のオススメも聞いてください! 音楽全般には、ちょっとウルサイですよ、私っ!」
「あなたは全体的に煩いんですよ」
――ロコが悪戯に注目を集め始めたことで、会話のテンポが止まって、彼女に気を留める者とそうでもない者とで、自然とグループが二分した。
サキュラはメロン味のシュワシュワを楽しむのに熱心なため、いまはグループから
(――ロコ、ありがとう)
心中で感謝を述べながら、機会を逃さずリプカはサキュラのほうへ体を向けて、世間話程度の何気なさを装って話しかけた。
「サキュラ様、新婚約者候補というこのたびの提案は、サキュラ様のお父様がご提案なさったのでしょうか」
「そうだよー」
若干踏み込んだその質問にも、サキュラは変わらぬ無垢な色の返事を返した。
またおくびが漏れる。
「ぅふっ。――私は、シュリフのお姉ちゃんが大好き……。それはオヤジも、オフクロも……とっても大事に思ってる……。シュリフのお姉ちゃんに頼まれて、それでオヤジが、それを取り決めたの……」
「そうですか……」
リプカは、思わず若干小さくなった声で相槌した。
サキュラの返答は、無垢な色に染まった語りだったけれど。
けれどあけっぴろげなそれには、辺りを粉砕しながら歩くことが常である、巨人のような“巨大の自覚”が見て取れた。アーゼルアクスたる意識の在り方――。
(…………それにしても、なぜこんな幼く可愛らしい年頃の子が、ご両親をオヤジ、オフクロ呼び……)
パレミアヴァルカ連合の通例なのだろうか?
そんなことを思いながら、ここから話を広げようと思索していたのだが――。
「ごちそうさまでしたぁ……」
自分の顔よりおっきなグラスいっぱいに注がれた、メロンのシュワシュワを食べ終えると――突然サキュラは、ぷかぷかと船を漕ぎ始めた。
「――お腹……いっぱい……」
どうしたのかと心配する前で、前後ろに小さく揺れながら目をうつらうつらさせて。
コテリと体を背もたれに預けて、程なくして瞼を落とし、すうすうと穏やかな息を立て始めた。
(――――寝た!)
八歳である。
そういうこともある。
「きっと、はしゃぎ過ぎてしまったのでしてね」
隣の席に座るオーレリアが、優しくサキュラの頭を撫でた。
この年頃の子は、歳が一つ離れているだけでも意識の持ち方に大き な違いが出てくるものだな、などと思いながら、一方でそれは、少女の年相応が窺える見解であることにも気付く。
オーレリア・アイリーン・ジュミルミナ。
エレアニカの皇女様。しかし――。
人のものと思えぬ白銀の髪は神聖を体現した例外的であるかもしれないが、案外とその中身のほうは幼気の盛りである、年頃の少女であった。
対面しているぶんには正直、責と格の頂点に座す立場にある人物であるという印象……というよりも実感は薄く、ともすれば、ふとした瞬間、そのことを忘れてしまいそうでもあった。
(皇女という立場がどんなものであるのかは分からないけれど、きっと苦労も多いだろう)
(けれど、張り詰め過ぎない年相応が窺えて、まったく堅苦しくない。ゆとりのある無垢に、性根が明るく輝いて見える)
(自然体でいられるという奇跡――。きっと、このお方の周りにある方々は、とても良い人たちなのでしょう)
そんな子の身柄を預かったのだから、しっかりお守りしなければ――と、気が引き締まる。
「オーレリア様、このあと、貴方様に似合うお帽子を見て回りましょう。貴方様の銀の髪は、まるで昼に輝く絹の月明かりのように神秘的で美しいから、皆が貴方に気付いてしますかも……」
実際、ここの喫茶店でもあったことだった。
外装の瀟洒とギャップのあるおっちゃん店主は、オーレリアの姿を見ると、呼吸も止まったんじゃないかというような有様でビタリと動きを止めた。――しかしやがて、「まさか」「馬鹿な」といったように鼻で笑うような失笑を漏らして首を振ると、その後はまた、何事もなかったように、平常運転で愛想よく接してくれた。
お気を悪くしないかしら……?
と、リプカは自身の発言に少し緊張を抱いたが、オーレリアの反応は、そんなことではなく、問題はそこじゃあなかった。
「あ……えっ……――?」
オーレリアはリプカの言葉を受け止めると、驚いたように言葉を詰まらせて俯き、そしてじわりと、陶器のように透明な頬を赤く染め始めた。
「すげぇえ、このお方、エレアニカの皇女を口説き始めましたよ」
アンの茶々入れに、オーレリアは尚更真っ赤に顔を染め上げた。
リプカは大変に慌てた。
皇女である。
九歳である。
「ア、アン様、いらぬ誤解を……! い、今のは正直な印象を言葉にしただけですっ!」
「うわっ、クソみたいなタラシ文句を述べ始めましたよ、このお方」
「タ、タラシ……!? なぜ……っ!?」
と、理不尽なイチャモンをつけられたような思いでいたのだが……ふと周りを見てみれば。
なんだか、気のせいか……アンと種を同じにする眼差しが、いくつも向けられているような……。
「どーして!?」
「――おお、リプカ・エルゴール様。貴方様の黒髪は、吸い込まれるように深い、まるで夜を溶かしたような織物のようだ! その下で輝く、小さな愛らしいお顔と、星のように輝く紫の瞳――貴方様はまるで、夜に現れる妖精のように可憐なお人ッ!」
芝居がかった仕草を交えて、まるで歌い上げるように、アンがリプカの外見を言い表した。
――リプカはカッと赤面した。
「そんな、大仰な……」
言いながら、恥ずかしいことを言ったのかな……? と、少し思い悩む。
(だって、フランシスとの会話は、これが普通だったんだもの……)
まあねー!
と、当然のように答えて軽く流す、フランシスのノリが恋しい。
「うーん、大仰ってワケでもなかった思うけど――」
アズが苦笑いを浮かべながら、助けの声をかけた。
「それはさておき、私はリプカちゃんのそういうところ――はっきりと自分の考えを伝えてくれるところ、大好きだよ! 全然変じゃないよ、恥ずかしくても嬉しいときなんてたくさんある! 真っ直ぐに好感の想いを伝えてくれたら、嬉しい! それはきっと、とっても素敵なコトだよ!」
「まあ、そうですね。茶々を入れましたが、それはその通りだと思います」
底に溜まったシュワシュワの数滴を「ズゴゴゴゴゴ」と吸いながら、合間に声を出すようにしてアンが相槌をうった。
「好意的なことを声にしてもらえたら、嬉しい。私だって、どこぞの殿方にそんなふうに言ってもらえたら、悪い気はしないでしょうね。このお方の魅力なのでしょうね、タラシという言葉は撤回しませんが」
「なぜッ!?」
「ふう、自然体でそんなこと言う異性がいたら、そのときは、本当に魅力に感じるはずなのに。惜しい、たった一つが成立していない。はぁ、このメンツもそうだし、おまっ、もぅ、ふっ……――――なんで女なんだよッ!」
辺りに轟音が響く勢いで、アンは机に突っ伏した。
「獣神の力を宿した妹思いの英傑が女って、おかしいだろッ」
「うるさいのう、コイツ」
クインは顔を顰めたが、続けてアンが喚いた「いや絶対その方向性で悶々とした想像浮かべていたのは私一人じゃないでしょ!」というツッコミには、さっと目を逸らした者が一人あった。
収拾のつかなくなってきた場に、パンと柏手を投げかけて、リプカが立ち上がった。
「そ、そろそろ行きましょうか! お洋服屋さんを見て回りましょう。よければ、皆様の洋服も」
「お前、金あるんか?」
クインの疑問に、リプカは得意げに胸を反らしてトンと叩いた。
そしてゴソゴソと取り出したのは――可愛らしい大きさのガマ口財布だった。
フフン、と控えめに得意げの笑顔を浮かべながら、それを握っている。
「――私の可愛いバンビちゃん……!」
そんな、コミカルな表現であれば、空間に一滴の汗を飛ばしているドヤ顔をしたリプカを見て、アズがひしっとリプカを抱き留めた。
「今日はお姉さんが何でも買ってアゲるから」
「えっ、足りません……!?」
「あぁーーーッ!」
「お前も煩いな、この中で一番煩い」
「……私たちも幼年組に負けてないな」
ワイワイガヤガヤと姦しく騒ぐアダルト組の様子を、新婚約者候補たちは目を点にして見つめていた。
十五の歳も、どうやら世間で見れば、まだまだ姦しさの盛りであるようだった。
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