第百二十九話:皆それぞれの自由奔放・1-1

「メリアドール、メリアドール、すぱーくりんぐにはまだ遠い、ハジけるシュワシュワな輝きを瞳に湛えてー……」


 頭にいおりてんをつけて口ずさみながら、満足気にメロンのシュワシュワを楽しむサキュラ。


 見た目に涼しい明るい緑に、アイスクリームを浮かべたガス入りのジュース。

 日の光を透過して、キラキラと輝いていた。


 メロンのシュワシュワとはなんぞやと首を傾げていたリプカだったが、想像以上に素敵なものが出てきて驚いた。またガス入りの砂糖水と聞いて、なぜか甘みの中に苦みの混じった味を想像していたのだが、存外、甘みと炭酸は思いのほか素晴らしい融和を見せていて、また驚かされた。


「みどりのシュワシュワ、ウィンクでハジけて、甘いこの味、君に届けー……」


 あれだけ期待していたのも分かるキラキラな甘味をコクコクと一口ずつ飲むサキュラの様子は、どう見ても、まだ幼年真っ只中にある年相応な少女の姿だった。


 けれど――。


(だけど……この子は、裏のミスティア様が選んだ、たった三人の中の一人である人物……)

(なにかあると、思ったほうがいい)


 油断はできない。


 サキュラと同じものを注文してゆっくり味わいながらも、内心緊迫を抱いて、リプカは話しかけるタイミングを窺っていた。


 タイミングを窺っている――というのも、理由があって。


 一つは、メロン味のシュワシュワを楽しんでいるサキュラは先程から頻繁に小さな(げっぷのこと)を繰り返していて、いま話しかけても会話にならなそうだったからだ……。歌の合間合間にも、おくびの休憩を挟んでいた。


 そしてもう一つ。

 むしろこちらのほうが、より問題のある切迫の理由であった。


 そのワケとは――。


「それ、パレミアヴァルカ連合で流行りな歌ですか? 良いっスね、原曲も聞いてみたいな」

「『グリーンガラスのシュワシュワ』! いい曲だよね。ネネ、アルファミーナ連合ではどんな歌が流行ってるの?」

「お菓子の歌、ある……?」

「ウチっすか? お菓子の歌――甘味がテーマに入ってるってことでいいかな? ――――だったらそりゃもう、【カラメルリポップ】っすねッ!!!!」

「ウオ、びっくりしたっ!」

「『ねえだって、ニーズに媚びても始まらない、ねえ、theseで満足なんてほんとは嘘でしょ? 世の中甘くなくてもそれでいいわ、ねえ、とっておきの甘さを教えてあげる、その先にある意味を今歌ってあげる。――立ち上がって、狂ったように笑ってRepopしたら、あなたにつられて皆が笑うから。息を吸って、大きく吐き出したら、それがため息だなんて言わせないくらい大きく笑って。狂ったピエロにいつか羽は生える。嘘だと思う? あなたは知らないだけ、苦みと甘みはよく合うでしょう? さあ、もう一度目を開けて。苦い思いも甘くなる、ほら、届いたでしょう? Repopして、ほら、そこであなたが待ってる』」

「――わぁ、いい曲!」

「いい曲、――ケプッ、だった……」

「でしょう、でしょうッ!」

「意外と国ごとに、流行の色調に違いがあるものですね。アリアメル連合では民謡の延長みたいなテイストの曲がウケますが……『紫陽花みたいに咲く私に、あなたは笑いかけてくれた、紫色が綺麗だと言って』――とか、『旅人よ放浪人よ、あなたの手放した羊は、今もあなたの夢を見てる』――ってね。あとは、成人の歳程度の若いのの間で、スローテンポのポップな曲が流行してたりします。いま店内音楽で流れてるようなね。――オーレリア様、エレアニカ連合ではどんな歌が流行っているのですか? 神聖視している割に、そういえば、アリアメルの民はそういうことには疎いことに気付きました」

「えっと……意外に思われるかもしれませんが、エレアニカ国内でメジャーとされている歌唱のジャンルは、非常に多種多様でして。でして、流行の曲といえばコレ、というのは挙げづらくもあります」

「へえ、聖歌テイストな歌ばかりだという偏見がありましたが、そうですか」

「私が好きなのは、アカペラミュージックというジャンルの曲です。元々は簡素化された教会音楽の様式を指す言葉でしたが、時代と共に声楽だけの合唱、重唱を指す、広義の意味合いを持つようになりまして。エホン。『――君がくれた未来が、僕を狂わせた。泣かないで、思い出の中の小さな子。君を忘れたりなんかしない、約束するよ、どんなに幸せになっても、誰に何を言われても――』」

「ワォ、いいねっ!」

「オーレリア、上手……」

「程々ですが……(照れ)」

「ふーむ、やはりアリアメル連合とは親和性が高いんですかね、結構響きました。アカペラミュージックね、次にエレアニカ連合に出向いたときには楽しんでみましょうか」


(…………)


 会話が若すぎて、話に入れない。

 なんか、なんか……、……入れない。なんか入れない。

 話そうとするとウッって言葉が詰まって、やたらに焦って変な汗が出てくる……。


 緩やかな断壁とでも言うべき、圧倒的距離感を感じる。こればかりは孤独に身を置きがちな者にしか理解できない、よく分からない感慨に戸惑っていたリプカだったが――やがて、その理由に気付いた。


 経験が無いのだ。


 考えてみれば当たり前のことで、なにせ、リプカはウィザ連合で流行っている歌など一つも知らないのだから。自分の中にないノリにはついていけない。


(……なるほど)

(これも……経験の重要性、ですか)


 などと考えたりしながら、内心、アズからの流れに添った上手な会話のパスが来たらと戦々恐々していた。いま話を振られても、「あの」と「その」しか言えない……。


 と、焦っていると。


 突然ロコが拳をふるいながら、暴走気味な調子で主張を声高に唱えて、注目を集め始めた。




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