第百二十八話:若年令嬢と部屋付きメイド

 ――と、そんなふうに、知らぬところでクインからの称賛を向けられていたリプカだったが……。

 しかし残念ながら現実は、まったく思うように進まない、順調の真逆をいっていた。


「サキュラ様ーっ! サキュラ様どこですかーッ」

「リプカちゃん、いたッ、アイスクリーム屋さんのとこ!」

「サキュラ様確保ッ! 次……ロコ様ッ! 何処へ!?」

「あっちだダンゴムシ。……なにやってんだアイツ、水道に首突っ込んで水浴びしてるぞ。頭でも冷やしているつもりなのか……?」

「ロコ様は……ちょっと目を離していても大丈夫……! ――アン様ーッ! 何処いずこにー!?」

「リプカ、あっちだ。すごいなアイツ、十以上歳の離れた男に挑戦してるぞ。……なんだ? こっちを指差して、なにか話してるが……?」

「――アン様ッ! 年長の王子方をダシに殿方を誘うのはやめなさいッ! 国際問題になっちゃいますよ!?」

「リ、リプカ様――オーレリア様の姿がありません!」

「――ええッ!? う、嘘……!?」

「オ、オーレリア様ーっ!」

「オーレリアさ――いたっ、洋服店の前ッ!」

「――あ、ごめんなさい、リプカ様……。つい、見惚れてしまいまして……」


 一番しっかりしたオーレリアでさえ、目を離すとはぐれていることがあった。


 クララが言うに、エレアニア連合の上層貴族家に属する先鋭の親兵、通称【近衛このえ】が今もどこかしらから王子方を見守っているらしいので、その護衛下にある限り安全は確保されているのかもしれないが……そういう問題でもなかった。


 見事に民衆に紛れ込んだ近衛の巧手こうしゅにリプカは感心していたが、正直こっちに来て手を貸してほしい思いだった。


「集合ーーーっ!」


 目を瞑り眉間に力を込めた全力で、ビッと手を上げて号令をかけたリプカの元に、不承不承の顔が混じりながらも、ぞろぞろと幼年組が寄ってきた。


「皆様、あまり自由に動き過ぎるとはぐれちゃいます! まず、サキュラ様!」

「はぁい……」

「サキュラ様は私と手を繋いでいてください、そうでないときは私が抱きかかえます」

「リプカ……私、持てる……?」

「私は力もちなので大丈夫! ほらっ!」

「わぁ……! ……リプカ、すごい」

「それでは手を繋ぎましょう。――次、アン様」

「なんだようるせえ」

「口が悪いですよ!? アン様は殿方に挑戦しないで、いまは謹んでくださいまし!」

「だーってツマンナイんですもん。ねーリプカ様、今からでもレクトル様をお呼びしましょうよ」

「レクトル様のぶん、私が張り切りますから。貴方様とお話しするのは楽しいです、私のお相手になって。愚痴もデザートにして、一緒にお茶でも楽しみましょう」

「……しょうがないですね」

「三秒後に忘れてしまうというのはナシですよ、少なくとも今日は! ――そして、ロコ様は……ええと、事情は分かりませんが、慣れるという意味で……しばらく、ビビ様と手を繋いでいてみてください。試しに……!」

「ファッ!?」

「オーレリア様は私と手を……。――さあ、では皆様、行きますよっ! 皆様方、淑女の自覚を持って行動してくださいましー!」


 ピッピッピ、ピッピッピ、と笛の音が聞こえてきそうなリプカの先導の元、幼年組がぞろぞろと列の隊形で歩み始める。


 自然と周囲の注目を集めるその様子は、お店を構えている者や道行く人を苦笑のような笑顔にする、大変に微笑ましい光景であった。


 その様子を少し遠巻きに見つめながら、王子方は一様に揃った表情になって、思わず、皆同じような考えを胸中に浮かべたのだった。


(これは……婚約者候補とその婿というよりも、この関係は、どう見ても――)



若年じゃくねん令嬢と部屋付きメイドだこれ……)



 ピッピッピ、ピッピッピ。


 途中途中のアクシデントに声が上がりながらも、リプカが先導する一行の行進はなんとか形を見せて、注目を買った微笑の中、各々おのおの我ら天下とばかりの個性を見せながら往来を歩むのだった。


 

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