もう一人の超常人・1-2

 リプカは心に訪れた蒼白に息を飲み、硬直してしまった。


 “絶対”が不可能と答えた、その回答の意味。

 五日から七日でそれを成すという、あの予言の意味は? シュリフが未来を見誤った?


 ――そんなことを、茫然と愕然の中間みたいな情緒に塗りたくられながら、衝動みたいに様々を思っていたのだが。

 次いで携帯機から漏れてきたのは、子供が駄々を口にするような、心底嫌嫌そうな、億劫の声色であった。


「だぁって、めんどくさそうなんだもん。やる気出ないっていうかぁ、やることもあるしィ、わざわざやることでもないっていうかぁ――」

「――――お願いッ! お願いお願いお願いお願いフランシスっ。本当に困っているの……!」

「えぇえー」


 自身の力は姉を守るためにあると結論付けておきながらも。

 そんな大切な姉の窮地とはいえ、なんでも無条件で言うことを聞いてくれるような素直さは、言うまでもなくこの妹君においては、持ち合せはないようで……。


 リプカはゴマ擦りするように、ぎゅっと携帯機を握り締めてひたすら必死の声を向けた。


「なんでも、なんでも一つ、言うことを聞いてあげるから!」

「なんでも一つ? 本当にー?」

「ほんとう、本当ホントウっ」

「えー、それじゃあ屋敷に帰ったらー、一日お姉さまの時間を独占してー、それで一緒に本を読んでー、でぇ城下町にも出かけてー、んででー――」

「やる、やりますっ! 私も楽しみにしてるから――」


 ご機嫌を取り続けた結果、フランシスはしぶしぶながらも了承の返事を返してくれた。


「じゃあいいケドー、こっちもこっちで結構押してる用事があるから、その合間の時間を使ってのことになっちゃうけど、それでいいなら、やるー」

「――そ、それは、どのくらいの時間を要しそうかしら……?」

「ンんー、ざっと【妖精的基盤症状】の情報を洗って目を通してみたカンジだと――」



「だいたい五日から、七日ってところかしらね」



「……そう。うん、じゃあフランシス、お願い、お土産の服で着せ替え人形にもなるから……!」

「わぁい楽しみィ。――わかった、やっとくわ。なにをしているのかは知らないけれど、お姉さまのほうも、事が上手に運ぶといいわね。んじゃねー」

「ええ、フランシスありがとう。お話できて楽しかったわ」


 ――通話を終えて、液晶端末を見下ろしながら、リプカは改めてシュリフの御技の超越を実感していた。もう偶然では片づけられない――。


 不意に、寒気が過る。


 どうしても、の意味を考えてしまう。


 リプカは首を振ってそれを振り払い、少し悩んでから、ビビの元へと足を向けた。


「おお、リプカか。――フランシスから連絡があったか。すまんな、お前に怒られてでも、連絡を入れるべきだと考えたんだ」


 ビビは言葉の上では一応のこと詫びを口にしていたが、悪いと思っている様子はまったくなく、おそらく、これは言うだけ無駄であるだろう……とリプカはその辺りのことを早々に諦めて、無理を通してでも伝言してくれた礼だけ伝えた。


「それで、フランシスはなんと?」

「あの、それなのですが……今回は文字のやり取りではなく、このこの機械に直接――電話がかかってきたんです」

「電話……? 通話連絡が入ったということか? ――いやそれはあり得ない」


 慌ててリプカの手から液晶端末を取って機体を確認しながら、ビビは焦り混じりな断定の声を上げた。


「確かに、その機能も搭載されているといれば、されているのだが……電位共鳴を介して絶えず音声データをやり取りする、そんなことをすれば、一瞬で熱暴走を起こしてバッテリーが大爆発を起こすはずだから。……本当に通話連絡が来たのか?」

「は、はい。あの……フランシスからの伝言で、ビビ様に、ええと……“でんじほーいしそう”と伝えてくださいと――」

「……電磁方位指躁バーストストリーム?」


 ビビが茫然と呟いた瞬間だった。

 携帯機に連絡が入った。画面が明るくなり、短いメッセージが表示される。



『電位共鳴は特定の条件下でも虚数にならない。音声データの発信手段は電波であるとは限らず、またそれであれば、電磁方位のオーバードライブを抑制することも容易である。


 追伸。

 クソ凡愚』



「…………?」


 リプカには意味が分からなかったが――顔を上げてみれば、そこには、腰を抜かしたように茫然を浮かべるビビの姿があった。


「あの、ビビ様。これはいったい……?」

「……フランシスがあちらの携帯機を改良したんだ。これは……あちら側だけの改造で、理論を成立させているのか……?」


 恐れさえ見せながら、まるでうなされるみたいに呟き、液晶端末を見下ろしている。

 リプカもつられて、思わずコクリと息を飲み込んだ。


「しかもこれ、いったいどれだけの短時間で仕上げたんだ……?」

「あ、ええと……。一日もかからず完成させた、と、言っていました――」

「…………」


 ビビは天井を見上げて、ドッとソファーに座り込んだ。


「あの……もしかしてこれは、とっても凄いこと?」

「……私たちにとっては、シュリフの御技以上の奇跡だな」


 ビビの言葉に、リプカは今をもって再び「やっぱりフランシスは凄い」という事実を強く受け止めて――湧き立ちくすぐられるような情緒が胸一杯に満ちて、思わず口角がふにゃふにゃと上がるのを抑えられずに、しばし、気の抜けた微笑みを浮かべていた。




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