シュリフの託宣・1-2

「これからお話しするのは、ちょっとした演算で垣間見た、不確定たる未来予測を元に語る進言です。故に、過剰にそれに重きを置き過ぎることは、迷頭認影になりかねませんが――ふとしたときに、それを思い返すのも、悪くないかもしれません」


 ――きっと、こうやって、セラにも多くの助けを授けてきたのだろう。


 なんとなく、そんなことが想像できて。自分が今、その状況にあることを自覚すると――俄かに、身体しんたいに重く圧し掛かる緊迫が訪れた。


 リプカはそっと、汗の浮いた拳を、膝の上で握り締めた。


「――お願い致します」


 そして、圧に潰されるざまは見せず、真っ直ぐに眼前を望んで。研ぎ澄まされた瞳の光、覚悟を決めた静かな表情で、リプカは対面の姿勢を取った。


 シュリフは微笑み、カップを手に取り、紅茶を一口含んで一息を置くと、小さく陶器の音を鳴らしてカップを置いて。


 もったいぶった間を挟んでから、覚悟でその存在の輪郭を殊更に示し対面する少女へ、頃合い良く、時が満ちたそのとき……その形の良い小さな口を開いて――説教を説いた。




「現実という手鏡があります。

 多くの人は、それを持ち合せていません。あなたも」




「…………………………………………。……………………。…………エッ、終わり――!?」


 待てども待てども続きはなくて――思わず品を欠いた、素っ頓狂な大声を上げてしまったリプカだった。


 一応、拍子抜けに声を上げてからも、もう少しだけ待ってみたけれど……シュリフは、眉を傾いだ微笑みを浮かべるばかりだった。


「…………あの、もう少し分かりやすい助言を頂けないでしょうか……?」


 情けない事と思いながらも、おずおずとリプカは催促してみたが――シュリフは首を横に振って、はっきり拒む意思を示した。


「ど……どぉして……」

「私がいまここで答えの全てを明かしても、いまはまだ、それは貴方様には届かないでしょう。パズルのピースだけを渡すようなものです、蜃気楼よりも曖昧にしか映らない。バラバラの絵が大体揃ったその頃に、ふと、思い返してみてください。そのときになれば、その言葉は、正しく貴方様の瞳に映るはずですから」

(…………???)


 意味不明に髪をみょんみょん散らすリプカであったが、シュリフはそれ以上リアクションを起こすことはせず、ただ、窓辺から吹き込む風のような表情の微笑みで、リプカを見つめた。


 そして、次いで告げられた言葉は――そんなことを言われても想像できないだろうが……ピアノの音に似た、意識に響く澄んだ高音の響きで、声にされた。


「さあ、知るべきことは知ったはず。もうここに、貴方様が求めるべきこれ以上のものはありませんから――扉を開いて、歩み出しなさい」


 ――気付けば、リプカの心情は、場に一段落付いたような情緒で、お暇の体勢を取っていた。


 どうしてか、お別れの時間が来たことを悟って、いつの間にか、意識が自然と、それを承諾していた。


 思考の端っこに、燻ぶるような焦りはあったが――。

 その焦燥は、不思議と意識に届かない。


 まるで時計の鐘を聞いたように、この機会に時間の限りが来たことを、納得していた。


 シュリフの力強い微笑みに見送られるようにして、リプカはおずおずと立ち上がった。


「で、では――本日はとても、楽しかったです。またお会いできる機会を、楽しみにしております」

「こちらこそ、貴方様と過ごす時間は、楽しい一時でした。――ああ、そうそう」


 立ち上がり、リプカを見送るため歩み寄りながら、シュリフは事のついでのように、それを告げた。


「リプカ様、部屋を出る前に、扉の前で、左側を見てみることをお勧め致します」

「…………? は、はぁ。わ、分かりました……。――そ、それでは」


 お辞儀して、親密を表情に浮かべた微笑みに見送られて、リプカは部屋を後にしようと、多くの悩みに揺れたままの、おずおずとした足取りで歩み出した。

 止まらぬ歩みを送り出す。


(…………。扉の、前――)


 そして、シュリフの助言通り、ふと、扉の前で左側方向を見てみれば。

 そこには、壁に埋まった全身鏡があった。



 ――自信を欠いた顔つきが在り方に影を落とす、頼りない姿勢でこちらを見つめる小娘の姿が、そこにあった。



 有体に言って、みずぼらしい。

 覚悟の構えもなくそれと対面してしまったリプカは、胸を穿つような痛みに「うぐっ」と小さな声を上げてしまった。


 一息を吸い込み、胸を張って、目線を上げて姿勢を正し、前を向いた状態で、もう一度、姿見と向かい合ってみた。


 ――多少マシにはなったが、その姿もどうしてか、まだ、どこか頼りない。

 表情であるのか姿勢であるのか、また全体の雰囲気によるものなのか……存在に消極的な影が落ちているような印象が、どこかにあった。


「もうすぐ靄が解ける。幾ばかりか晴れた視界で、貴方様は自身の姿を垣間見る。そのとき選べるものがあるけれど、もしかしたら、貴方様はもうすでに、選び終えているのかもしれない――」


 シュリフの独白は、扉を閉めて部屋を去ったリプカには届かなかった。


 テーブルに一人付いて、シュリフは変わらぬ微笑みの表情で、カップを手に取った。


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