第百二話:シュリフの託宣・1-1

 それからは一転、なんとなくの雰囲気で、和やかな会話を交わす運びとなった。


 ミスティアの自白じみた告白を聞いて、リプカは「恨む気持ちは無い」と、確信というより当然を持って返答しながらも、なんとなく……次にミスティアへどう声をかけていいのか、なんだか分からなくなってしまって。そうするうち気付けば、雰囲気に任せた会話を交わす流れになっていた。


 間を埋めるようにそうなったところはあったが――ただ、さすがのリプカも、その“なんとなくの雰囲気”を楽しむ度量が、社交性においての肝要であるという関係円滑の道理は承知していたので、お茶と共に、しばし緊張とは無縁の会話に興じた。


 シュリフの応答は明朗過ぎるほど単刀直入であったが、語り調子がリプカよりもずっと達者で、楽しい時間を過ごすことができた。


 ――ただ、そうするうちに。


 最初に会ったときも一貫して単刀直入であったシュリフが、今日こんにちに限っては、大切なことを伝える語り回しに限り、含みを持たせた回りくどい伝え方を取っていたことに気付き、その意味を考えたりした。


「――ミスティア様」


 頃合いを見てリプカは、今ほど先んじられてしまったその話を、改めて切り出した。


「ミスティア様はどうして、そんなにも頑なに、自分は消えるべきものと、考えていらっしゃるのですか……?」


 リプカの、気弱のみえる表情。

 それを受けて、ミスティアは穏やかに微笑んだ。


「それは語弊のある表現です。べつに、進んで消えたいわけではありません。ただ、全てのことには、迎えるべき運命というものがあるということです。命運ではなく、運命。分かりますか? 私はその運命に、正面向けて、笑みを晒して、そんなニヒルなスタイルでカッコ良く、挑戦したいのです。……まあ、戯言だと思ってください」


 いまいち理解しきれない表情のリプカに、シュリフは苦笑を浮かべて、曖昧の理解を願った。


「リプカ様、貴方様は随分とそれを気になさっているご様子ですが、しかしそれは、今回の様々においての、言ってしまえばオマケみたいなお話しなのですよ。――ええ、それはオマケのようなものです」


 僅かに怒気さえ発したリプカに、しかしシュリフは、雲のない夜のようにまっさらな瞳で、リプカの感情を見つめ返した。


「だってそれは、リプカ様が、私は消えるべきではないと確信している限り、それで解決しているお話なのですから」

「…………そっ――それは…………そう、ですが……――」


 リプカは言葉に詰まり、唾を飲み下した。

 そんなことを言われれば、返す言葉はない……。


 ――分からない。

 目の前の彼女という存在が、本当に分からない。


 彼女は、どんな未来を視ているのか。己の瞳からはまったく見通せないその不明に、思わず、小さな恐れを抱いた。


「本当にそれは、リプカ様にとってはオマケ程度のお話なのですよ。いずれ、歩んだ先で必ず、その目にする運命ですから、焦燥していても仕方がないという事情もあります。どうしても気になるようでしたら、私たちはこれからも幾度か出会える機会があるかもしれませんから、それはそのときにお話ししましょう」


 本当になんでもないことのように言うと、微妙な表情を浮かべて小さく身動みじろぎするリプカへ、改まった声を向けた。


「それは、いまは、置いておくとしまして――」



「さて、そろそろ、本筋のお話しを交わしましょうか」



「――――……」


 シュリフがそのように切り出した、その途端のことだった。

 小鳥が舞い込むほど高くにあるその部屋に、空気が一新されたような風の舞い込む情動が訪れた。


 明瞭のある変化ではなかった。だけど確かに、部屋を取り巻く空気がそれを境に変貌を見せたような、何かの予感が感じ取れた。


 彼女がそう言ったから、世界が姿を変えた。


 馬鹿馬鹿しいが、シュリフという彼女を目の前にすれば、その詩的な仰々しさも馬鹿にもできない。


 リプカは思わず、息を飲んだ。


「本筋のお話し……?」


 シュリフはニコリと微笑んだ。


「このアリアメル連合で、ゆかりのある各々方おのおのがたが、様々な思いに動かされ交錯している一事変。そんな中で奔走する、貴方様の行き先のお話です」


 リプカは姿勢を殊更に正した。

 もしかしてだが――シュリフは、己の視た未来の情報を元に、私に説教を説こうとしている……? そんな予感に、緊張が高まった。


 はたして、その予感は的中するところとなった。



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