妖精人《ようせいびと》シュリフ・2-2

「ミスティア様。事前の約束も無しに押しかけてしまった非礼の事、誠に申し訳ございません」

「構いません。それに、私は貴方様をお待ち申していた」

「……無用の手出しであったかもしれませんが、先程、お庭のほうで密偵と思われる不審者を捕らえました。突然押しかけたうえに、暴れてしまって……」

「とんでもない、とても助かりました。私はどうにも荒事には向いていないようで、手出しできずに困っていたのです。実を言えば……厚かましくも、それを期待していたところもありました。無礼というなら、こちらが頭を下げる立場です」

「――私たちを頼ってくださったことは、本当に嬉しく思います。思えばミスティア様はずっと、私たちとセラ様のえんを、繋ごうとしてくださっていた。――直接的にそうしなかったのは、セラ様の意思を尊重してのことでしょうか……?」

「あれには何度も進言しました。身を襲う暴力を退けるために、リプカ様たちを頼るようにと。しかしセラフィは、頑としてそれを拒み続けた。他人に頼る才能はあっても、友に頼る才能に欠けていた。昔からそうでしたが、なかなか克服できないものですね」


 もっと自分に頼りがいというものがあれば、セラは頼ってくれただろうか? ――そうかもしれないし、そうでないかもしれない。リプカはちょっとだけ悲しくなった。


 気持ちを切り替え、気付かぬ間に下に落ち込んでいた視線を持ち上げて、シュリフを見つめた。


「ミスティア様。本日はセラ様ではなく、貴方様にご用があり、非礼を承知で、こうしてお伺いに参りました」

「私に。光栄です。セラフィの影が薄いことが、少し寂しくもありますが……」

「真面目なお話です。ミスティア様、一つ、教えてください」


 手をぎゅっと握り締め、弛めて――心の力を形にした、目を逸らすことのできない、圧迫は無くとも引力のある力強く張り詰めた視線でシュリフの瞳を見据えながら、リプカは問うた。


「ミスティア様。私は貴方様の語り口から、貴方様の自身を『病巣』と……ご自身を『取り除かれるモノ』として意することに傾向しているような……そのような良くない予感を覚えました……」

「…………」

「――ミスティア様、貴方様が見通し形作ろうとしている道筋の先に……そこに、貴方様の姿はありますか?」


 ――もう察していることを、それでも言葉にして。


「それだけ、教えてください……」


 リプカは真っ直ぐに、シュリフを窺った。


 シュリフは、それを沈黙で受け止めた。――ただ、てっきり物憂げな表情などを浮かべるものと思っていたが……それを受け止めたシュリフの表情は、特に変わらぬ静かなものであった。


「確かに、私は消えるつもりでした」


 やがてそう口にしたシュリフの物言いは、さっぱりとしたものであった。


「貴方様はきっと、それを止めたいのですね」

「どうあっても」


 リプカは敵対心さえ滲ませて答えた。

 家族が消えるという不幸。

 それを許容できないことは、人格の答えであると言わんばかりに。


 セラに寄り添いたいと情を寄せた以上、その思いが絶対であるなら、親愛を自覚する立場として譲れぬところだろう。


 貴方は分かっていない。言外にそんな趣意を滲ませる、主体性を賭けた宣言であったが――しかし。


 驚いたことに。


 シュリフはそれに、簡単に、是の頷きを返したのだった。


「分かりました」


 ……一瞬、意味を捉え違えた。


 言い方から、それが了承の返事であると察しながらも――それでも、『貴方の言い分は分かりました』という意味だと、思考の白の中、反射のように、そんな推測を打ち出したが……。

 シュリフの表情を見るに、どうもそのような意味ではないと悟り……思考が白く染まった混乱に陥ってしまった。


 話し合うまでもなく承諾された是に、リプカは戸惑いの声を返した。


「あ、あの……わ、分かった、と、いいますのは……?」

「そのままの意味です。それが間違いだというのなら受け止めたい。――しかし、リプカ様」


 シュリフはそこでようやっとリプカへ真っ直ぐな視線を向けて、独特な微笑みの表情を浮かべた。


「それを受け入れるにあたって、一つだけ、条件を設けさせてください。――いえ、何かをしてもらおうとか、そういった取引の意味合いではございません」

「で、では……それはいったい、どういった条件なのでしょう……?」

「はい。それは単純なお話しでして」


 そしてシュリフが提示した条件は、やはりというか……意味不明なものであった。




「不肖私を巡る、此度のアリアメル連合での騒動が一つの落ち着きを見せた、そのとき。歩みの先、終着点に立ったそのときも変わらず、リプカ様が今と同じ思いを確信なさっていたのなら――私は、見様によっては自死とも取れる、お別れの意思を捨てて、生き残る道を模索することに懸命を尽くすことを、約束致しましょう」




「…………???」


 それは、事実上のであるようにしか聞こえぬ条件であった。

 自分が、シュリフに消えることを望む……? どうして、と言いたくなるような……様々な可能性を考えても、あるわけのない未来であるように思えた。


「よ、よろしい……のですか……?」

「はい」


 リプカの間の抜けた確認に、シュリフははっきりと、確かに、頷いた。


 なにか、筋書きに乗っているような予感がある。

 だが……どうしようもない。納得の返事を貰ったのだから、話はそれで終わりである。


 しかしそうはいっても、まだ話をやめるわけにもいかない。思えばこの度シュリフと対面してから、自分は口を半開きにするばかりであったことに気付き、リプカは慌てて話を繋ごうとしたのだが――。


「おや」


 またしても。


 もはや、それが通例であるように――シュリフはリプカの発声準備に先んじて、一つの呟きを漏らして、場を制した。


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