妖精人《ようせいびと》シュリフ・2-1

 シィライトミア邸宅の使用人は、エルゴールのお屋敷と比べて非常に大所帯だった。


 そもエルゴール家の人数ひとかずが極端に少ないという事情はあるが、それでも特徴の一つとして目に付くほど多くの人が見える。


 歳のいった者の姿もあるが、全体的に、若者が多い。


 ――そんなことを気にしているうちに、不自然に人数が捌けていき……。


 景色を見下ろせるほど高い場所、複雑な造りの塔部分へ到達する頃には、辺りは完全に静まり返った無人となった。


「こちらでございます」


 女執事は踵を合わせた直立でリプカのほうへ振り返ると、頭を下げ、目の前の扉を指し示した。


 ここが、シュリフの部屋なのだろうか……?


 家人が居を構えるような場所ではないように思うが……常識は通用しないかもしれない。

 リプカは女執事に礼を言って、扉へと一歩を進めた。


 少し迷い、三回のノックを試みようとしたが――その瞬間。


「リプカ・エルゴール様、失礼致します。ノックのほうは不要だと仰せつかっております。言伝が遅れましたこと、申し訳ございません」


 と、待ったをかけられてしまった。


 驚き、出鼻を挫かれた気分になりながらも、了解を返して、木製のノブを捻った。


 ――絵画のような景色がそこにあった。


 腰掛けた窓際で小鳥と戯れる、女の姿。


 屋根裏風の小奇麗な部屋の中、幅と奥行きに遊びのある窓枠に腰掛けて、静かに微笑む彼女。差し込む光と踊るような調和があり、それはまるで、一枚絵のような光景であった。


 ――確か、クララと初めて会ったときにも、同じような感慨を抱いたのだった……。

 そのときの光景とシュリフの佇まいに、共通項があることに気付く。


 つまり、神性――。



「三度」



 リプカが挨拶を口にするその前に。

 視線を向けぬまま、指先の戯れで小鳥と遊びながらに、シュリフは言葉を発した。


「いままで三度、【未来視】の予測が、現実の実際と食い違うことがありました。一度目は、私という人格が形となって現実に顕現した時期。二度目は、……セラフィからの、プレゼントの代物。三度目は、表人格であるミスティアの、初恋の行方。――そしてその予想外は、今回のことで、四度目となります」


 そして、ゆっくりとリプカへ顔を向けて。

 ミスティアは一層の微笑みを浮かべた。


「こんにちは。リプカ様、また会えましたね」

「……こんにちは、ミスティア様。こちらこそ――また会えて、光栄でございます」


 機先を制され、ペースを握られていると感じながらも、リプカも情緒を込めて挨拶を返した。


 蜂のように両翼を羽ばたかせる小鳥が、警戒の囀りを奏でる。――ノック不要の意味が理解できた。

 すると、シュリフはくるくると指で宙に軌跡を描き、そして――。



 甲高いが妙に濁った鳥の鳴き声を、その口から発した。



 小鳥は、甲高く妙に濁りのある――今ほどのと同じ音色で何度か囀りを返し、ピタリと、窓枠へ足をかけて静止した。

 時折首を傾げたりしながら、従順とはどこか違う自然体な様子で、飛び去る様子もなくそこに待機している。


 ……リプカは茫然と言葉を漏らした。


「鳥と――会話ができるのですか?」

「ええ。会話というより、意思疎通ができる、といった趣意ですが。その二つは、似ているようで、非なるものです。――実のところ【未来視】のための構築要素は、この子たちが運んできてくれる情報が多くを占めていたりします。禽鳥きんちょう語自体は比較的単純ですから、よければリプカ様も、習得なさってみますか? すぐに覚えられると思います」


 ……鳥と話す、人間。

 唖然、茫然、愕然。機先を制されるどころの話ではない。パラティン6R型のような計り知れない未知が高速で突っ込んできて、登場と同時に跳ね飛ばされたようなものだ。


「もっとも、セラフィはどれほど教え込んでも、習得できませんでしたが。フフ、あれで、不器用なところがあるんですよ」


 じゃあ無理だよ。


 思わず思ってしまったところでハッと意識を取り戻し、リプカは姿勢を正した。



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