【シュリフ】・2-2
「他に何か、聞きたいことはありますか?」
自分をじっと見つめるシュリフの確認に、リプカはハッと正気に戻った。
静かに深呼吸すると拳を握り締め、意識に最後の活を入れた。
一番聞かなくてはいけないことが、まだ残っている。
リプカは躊躇いを飲み込み、それを尋ねた。
「なぜ、セラ様は、此度の婚約の機会に、辞退をお申し出なさったのでしょう……?」
「それはミスティアの、そして私が抱える事情に関わる決断です。それに掛かり切りにならざるを得ないと判断したセラフィは、私から話を聞いたその瞬間に、その道を選び取りました」
やはり、突然すぎる辞退の決定はミスティアの事情が関係していた。
しかし――彼女らが抱える事情は、どうやら、推し量った想定よりも遥かに、重く、複雑であるようだった。
理解が及ばない程に――。
「貴方様からのお話というのは、どのような内容のものだったのでしょう? お聞きしてもよろしいですか?」
「もちろん。リプカ様、私がつい先程お話しした、他者が奇跡と思うことも、論理をもってそれを組み立てられたというあらましを覚えていますか? ――唐突ですが、私はある程度の未来を見通すことができます。それは【千里眼】と呼ばれる才能の地続きたる能力で、単純に【未来視】などと呼ばれているものです。――驚いているところ失礼ですが、それは起こるべきことを、知恵をもって予測する、ただの演算、不思議というわけではなく、人間能力の高さの表れです」
人間能力の高さの表れです。
やはりそれも、誇るでもなく、かといって選ばれた存在である自覚が見えるでもない、ただただ単調な口調で語られた。
リプカは思わず、オルフェアの城下街の細道、そして夢で見たあの占い師の娘を思い浮かべていた。
しかし表層部分で彼女のことを思い浮かべた段階で。あの娘もひょっとすると、そういった類の才能を有していたのだろうかと――そんなことを考える間もなく、端的で直接的な、シュリフの淡々とした伝えで――。
思考を、ぶん殴られた。
「私はアリアメル連合へ帰国する最中の、馬車の中で目覚めました。そして、見通した未来――此度のミスティアとの交代をもって、ミスティア・シィライトミアは永劫目を覚まさぬことをセラフィに伝えました」
「――――え?」
リプカは言われた意味が分からぬまま硬直したが、シュリフは一旦待つ心遣いは見せず、そのまま話を続けた。
「そしてウィザ連合より来たる者たちの手によって、私と云う病巣は取り除かれるであろうと。そう、伝えました」
「…………」
眉間に寄せた皺、息を荒げて、必死に理解を努めようとする。
だが……この僅かな間で、限りを込めた必死も何度目かのこと。残念ながらすでに、無理矢理の叱咤で頭脳を回転させる底力も、底が尽きていた――。
「セラフィはすぐに、婚約の機会を打ち切ると言い出しました。私は、そんなことをしても無駄だと助言した。ウィザ連合との縁を切っても、例え完全なる絶縁を実現したところで、三十九日の間に、他の縁によって私が取り除かれる方法が見つかると――そう、言ったのに。セラフィは頑として、決定を覆さなかった。……それが辞退の理由です」
「…………」
歯を食い縛った。
もうとっくに脳髄は限界を迎えていて、いまいち理解するにも至らない。
ならば――ならばと。
リプカは詳細の完全理解を諦め、ある一点にだけ注視して話の全てを思い返した。
そして――。
それを理解すると、リプカは、シュリフにそれを問い掛けた。
「私にできることは何でしょうか? 教えてください」
それは「何も分からぬから道を示してください」という、困惑の尋ねではなく。
貴方はどうして私の前に現れたのですか?
そのような、シュリフへの確認を込めた意味合いの頼みであった。
私が望んだそれ以上の事情を明かしてくれた貴方様は誰の味方ですか?
問い掛けたことは“正体の開示”。
シュリフはその教え請いを受けると。一層に、深く微笑んだ。
まるでリプカがそれを尋ねることを知っていたみたいに。
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