妖精のお出迎え・1-2

 最後に少し揺れて、馬車が停車した。


 影のように佇んでいたそれは、フードで表情を隠した人の姿だった。


 小柄であり、フードの上からでも華奢が窺えて、その中身が女性であることが察せられる。


「――もし、どなたでしょうか?」


 ――いつの間にか客席から消えていたリプカが、その影に歩み寄りながら、あくまで礼義を弁えた調子で話しかけた。


 ゆっくりと、シルエットだったその人が、顔を上げた。

 ランタンに照らされて、夜の暗がりに人の表情が現れる。



 ――そして、僅かの間、ときに停滞が起きた。



 柔らかにぼやけた光が浮かび上がらせたのは、例えようもないほど妖艶な魅力を示す、微笑みの表情であった。


 理性がいくら危険を叫ぼうと、本能がその全てを無に還すほどの色香。フードをはだけたわけではないので、輪郭の全てが露わになったわけではないのに、その断片たる容姿が露わになった途端、皆一様に小さく息を飲み、――目を奪われた。


 クララも、アズも、クインも、そしてティアドラさえも、僅かの間、絶叫のような本能の衝動により、思考が白に染まった。


 もちろん、その人影は女性であった。

 悪戯な挑発を向けるでもなく、特筆たる感情も見せずに微笑んでいる、ただそれだけであるのに――それは美を通じ、性にさえ訴えかけてくるような衝動を持っていた。まるで、ことわりの如き色香――。


「こんばんは」


 硬直しているリプカに、女性は気の良い挨拶を向けた。


 これがまた妖艶な声であり、それが各々の耳を撫でた。

 あでやかではないが、不思議と存在感があり、作っている様子もなくいたって普通に発声しているのにも関わらず、大変に艶っぽい。


「私はシィライトミア領域の遣いです。皆様をお宿にご案内するため、参上致しました」


 女性は単刀直入に用件を口にした。


 それを聞くと、ティアドラは鼻から息を漏らすようにして笑った。


「ハ、遣いねぇ。――あんな不可思議な珍事を巻き起こしてくれた奴の遣いって考えると、信じていいものか疑問だがなァ」

「それは、こちらの方が証明してくれるでしょう」


 言って、女性は、リプカへ手を差し向けた。


 全員が首を傾げた。リプカを除く全員が。


 リプカは。

 唇を震わせて僅かに口を開き、そして間を置いて、王子たち皆に告げた。


「――はい。この御遣い様は、信用できるお方です。案内してくれるというお宿に参りましょう」

「ああん?」


 リプカの下した決定に、クインが怪訝な声を上げた。


「なぜだ? おいダンゴムシ、催眠術にでもかけられたのか? 私の声が聞こえるか?」

「聞こえております。――大丈夫、なにかあっても、私が必ず貴方がたを守ります」

「…………。……まあ、じゃあ、いいが……」


 釈然としないものが残るも納得を返した声を聞くと、女性は微笑み、半身翻した。


「では、こちらでございます。どうぞ、馬車でご追随ください」


 そして背を向けると、歩き出してしまった。


 リプカは御者台に寄り、付き人リリィに場所を代わってもらうよう頼み、リリィが客車のほうへ移動するのを確認すると、一行も馬車で彼女の後を追い始めた。


「んで、信用する要素はなんだったんだよ」

「……ごめんなさい、今は明かせません」

「はぁん」


 そもそもそんなに興味がないのか、ティアドラのそんな返事が、いまのリプカにはありがたかった。


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