妖精のお出迎え・1-3

 馬車と徒歩である、彼女の後姿にはすぐに追い付いたが――そこからが奇妙であり、彼女は速足でもなくただ歩いているだけのはずが、どうしてか馬車と同速の進みを見せていた。


「ハ、幽霊でも見てんのかね」


 状況にそぐわぬ呑気な調子で口にされたティアドラの表現に、リプカは隣で、こくりと息を飲んだ。


 ――領域の入り口には大きな宿があるものなのだろう。彼女の背を追うこと十数分で、一行は目的の場所に到着した。


 なかなかに立派なお宿であった。パレミアヴァルカ連合の宿ほどの大きさはないが、豊富な水で飾り付けられた景観は、アリアメル連合の特色に満ちていた。


「あの、こんな夜遅くになってしまって、他のお客様に迷惑をかけてしまうことはないでしょうか……?」


 なにせ突然の押しかけである。立場を気にして、宿泊している他のお客に退いてもらうようなことがあっては忍びないと考えての、リプカの発言であったが――。

 彼女はゆっくりと振り向き、含みのない平静の微笑みを浮かべた。


「御心配なく。今日、ここは貸し切りですから」


 驚愕を浮かべるリプカの隣で、ティアドラが表情をねじ曲げて笑った。


「――そうか、お前がを仕掛けた張本人か」


 その指摘に、彼女は情緒を変えず、ニコリと微笑んだ。


 馬車を馬宿(この場合、御者台、客車を預かり、馬を休める厩舎を備えた設備のこと)の前で停めると、一行は荷を纏めて降りる準備を始めた。


 リプカが先んじて降りて、彼女の元へと駆け寄った。


 ――地に降りて改めて見ると、一行は後を追いながらも気付かずにいた、彼女の背の小ささに驚かされた。

 リプカの背と変わらぬ高さ、むしろそれより低いくらいであった。


 リプカは彼女に歩み寄ると、己の背でその表情を皆から隠すようにして、彼女にぐっと顔を近付けてフードを取り、その表情を窺った。


「うぇっ!?」

「うぇっ、じゃないんだよ、エレアニカの。そういう状況じゃあないことが分からんのかオイ。っつーかなんで私がアルファミーナのの運送係なんじゃい。お前持てお前」

「うぇっ!?」

「いやうぇって――おまっ、力ないのぉ。なーにをぷるぷる震えとるんじゃ。起きて聞いてたら、コイツたぶん怒るぞ」


 後ろでやっているクララとクインのコントを聞きながら――リプカはそっとフードをかぶせ、彼女の表情をまた隠した。


 ――宿の入り口から、二人の男がこちらへ駆けてきた。制服を着込んだ、浮世の焦りを浮かべる従業員の姿を見て、思わず安堵の吐息をつく者も多かった。非現実から、確かな現実の場所へ帰ってこれた……そんな感慨を抱いて。


 お早いお着きで、と慌てた様子で礼儀正しく頭を下げる男たちに、では令嬢方をお部屋に、と彼女が言い渡すと、彼らはもう一つ礼をして、一人は案内を、もう一人は馬車のほうを受け持ってくれた。


「すみませんが、お先に行っていてください」


 リプカが言うと、皆は意外でもない表情を、各々浮かべた。


「なんじゃい、必ず守るんじゃなかったのかい」

「すみません、すぐに行きますので……」

「フン、程々にの」

「はい。――ティアドラ様、すみませんが皆様のエスコートをお願い致します」

「はーいよ」


 ティアドラに頼みを伝えると、リプカはいつの間にかどこかへと歩き出していた彼女の後を追った。


 彼女が向かっていたのは、宿の裏口であった。取っ手に手をかけ、当たり前のように扉を開くと、リプカを待たずにその先へ消えてしまった。


 扉の前に立つと、リプカは浅く呼吸してから取っ手に手をかけ、それを捻って扉を開けた。


 宿といえば、どんなに高級な所であろうと、客側から見えぬ場所は割と雑な造りであるものだが、そこは物が乱雑に置かれているわけでもなく、塗装の剥げなどもない、質素ながらに清潔がある小部屋だった。


 彼女はリプカのほうを向いて待っていた。


 部屋を一通り観察し、異様な点が無いことを確認すると、リプカは彼女のほうに歩み寄った。

 すると――。


 リプカが目の前に立った途端、ストンと――彼女の背が、一瞬の間で縮んでしまった。


 ――魔法などではない。

 リプカも一見では気付けずにいたが、単に、足先で立つ背伸びをやめただけであった。


 リプカは再び、目深に被った彼女のフードを取った。


 ――目の前で見ても、どうしても、そうとは思えなかった。

 妖艶な笑み。艶っぽい雰囲気。年の頃を重ねたように窺える知的。

 その表情が、あまりにかけ離れていて。


 顔の形作りは、まったくの同一であるというのに――。



「……ミスティア様?」



 それでもリプカは、確信をもって、微笑む彼女に尋ねた。


 彼女はそれを聞くと一層に微笑みを深くして、リプカの知る彼女とは、全く違った人柄を見せながら、歓迎を口にした。


「ようこそ、不思議のシィライトミア領域へ」



   

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