第六十三話:上の空な夕食時

 夕食時。王子たちが顔を合わせる本日の食卓には、前日と違い喧しい騒ぎはなかったが、代わりに対極とも言える、どうにも落ち着かない妙な静けさが広がっていた。


 原因は、エルゴール家における台風の目であるクインが奇妙に静かであることと、当主代理のリプカが心ここに在らずといった様子で、誰に話も振らずに、ぼんやりと虚空を見つめている状況にあるだろう。――両者共々、何事かに思案を巡らせている様子だった。


 そわそわとしたものはあるが別段気まずいわけではないという妙な沈黙の中、一同揃って黙々と食事が進められていた。――本日の夕食メニューはエレアニカ連合のお里料理で、貝殻の形を取った珍しい麺を使用した料理と、ジャガイモが主役の副食が添えられた品だった。


「今日はエレアニカ連合のお里料理である。――まあまあ、せっかくこれから機会多くある一同会する食卓なのだ、お互いのことを知る良い社交の場になればいいなと思ってな、まあまあ、このような趣向を案じてみたわけだ。まあまあまあ、婚約レースとはいえ、互いを牽制するばかりでは仕方なかろう? このような交流も大切であるように、うん、思うなぁ。んあああ、気にしなくていいぞ、私は下心じみた忖度のない本心としてこういった場を設けたわけで、気を使われても私が困ってしまうというか、感謝とか、な、うん、不要とは言わんがな、まあ、まあまあまあ――」


 ――と、始まりばかりは恩着せがましく喧しかったクインだったが、その後は、今までを思うと異様に思えてしまうほど静かに、食事を口にしていた。


 他の王子はといえば――。


 ビビはリプカには気遣う素振りを、静かなクインにはドン引きに似た視線を向けており、沈黙するクインの不気味が気がかりすぎるのか、警戒を浮かべた鹿のような雰囲気を醸し出しながら、なんとなく沈黙を続けて食事していた。


 クララはクインの様子には多少の関心を向けながらも、リプカの様子には必要以上に気を向けず、静観の構えを取っている。


 そして食卓の中で、ティアドラだけが何も気にせず食事を楽しんでいた。


「なあ、この妙な形の……麺かこれ? これってなにも和えずにそのまま食うものなのか? 随分と薄味だな」

「――ん、ああ、食材を和えたりソースをかけたりして頂くこともあるみたいだが、本場ではなにも和えずかけずで食することが多いようだ。まああいつら雰囲気が兎みたいだし、草とか食ってるイメージあるから、そんなもんだろ」

「クイン様、国辱です」


 クララの指摘にも、クインは「いやお前の国、実際サラダとか言って、草ばっか食ってるだろうに」と反論しただけで……一の応戦に十の饒舌を返すこともなく、話を切り上げてしまった。


「なにかあったのか?」


 興味があるんだかないんだか分からない口調ではあったが、それでも堪らずといった心情は伝わる口ぶりでビビが問うたが、クインは「あ? いやべつに」と素気無い返事を返すだけだった。


「ふうん……」


 ビビは静かなクイン、上の空のリプカ、そして自国の郷土料理であるのに、それをきっかけにリプカへ話を向けることもしないクララへ視線を向けると、僅かの間目を瞑り――クララに習うように、その後は静観の構えを取って食事を続けた。


 結局、本日は最後まで、奇妙に静かな夕食の席となった。


 ただ――。

 社交の場で沈黙というありえない事態に陥っているにも関わらず、不思議と居心地は悪くないことに――クララは改めて、今回の婚約騒動の妙を思っていた。


(もしかしたら……)

(貴族筋のお家に生まれていなかったとしたら、私は友人と、こういった不思議な関係を築くこともあったのかもしれません)


 別段それを望んでいるというわけではなかったが、なんとなく思ったその考えは、ふんわりとクララの心を柔らかにして、食卓は尚も静かだというのに、むしろそれが許される場である互いの関係性に、ある種の楽しみを見出していた。


「なあ、このジャガイモのこれも……味付け、塩だけだよな。こういうもんか?」

「そのようだ。だからアイツら兎なんだって魂が。粗食を粗食とすら思ってないもん」

「クイン様、改めて国辱です」

「いや事実じゃろ。これはこれでとは思うが、素朴の意味が味で分からぬとか舌がイカレてる、とか思っているのと違うのかと邪推したくはなる」

「…………」

「おい、何を黙っておる」

「はぁん、そんなもんか」

「私にもちょっと難しいな……」


 一人ティアドラを除いて、皆銘々の思いで「さてこの後どうするか」と思案を巡らせ、最後は各々が上の空を見せながら、時折僅かに賑わいながらも、程々の会話ばかりで本日の夕食の席は終わった。


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