第六十四話:リプカと五人の王子


『値千金の友情。

 首が回らない窮地に千金をくれる関係性。

「再び上を向け」と、心ばかりの手が差し伸べられた、その熱の価値。』


◇---------------------------


 自室に戻ると、リプカは再びベッドの上に座して、気を落ち着かせよと自身へ言い聞かせながら、なんとか考えを纏めようと黙念に耽った。


(おそらく――ミスティア様の身に、なにかがあったのだろう)


 それだけは察せることだった。

 しかしそれ以上となると、推し量れるところがあまりに乏しく、結果、同じ道を何度も歩むような迷いに悩まされた。


(どうすればいいのだろう……)


 まず。

 そも、どうすればいいもなにも、婚約の名乗りを取り消すと、公的な領域の了解を通して本人がそう申告しているのだから、話というならそれでお終いであるのだが。


(けれど――……)


 けれど。

 その性急な辞退宣言のワケに心当たりのあるリプカとしては、唐突に突き付けられたお別れという悲しみも相まって、話を静観するにはあまりに心苦しい――。どうにかもう一度コンタクトを取りたいと考えていたが……。


(でも――)


 しかし。

 状況を知るため、状況に介入したところで、自分にできることがあるかは分からない。そしてこの場合、むしろ――。


(私が行動を起こすことで、もしかしたら、セラ様に迷惑がかかる可能性がある――)


【眠り病】。

 彼女は果たして、それを、公然の周知として周りの者に伝えているだろうか……?


 もしその事情を親しい者の目さえ欺くほど慎重に、上手く隠していたのなら――リプカがセラに対し行動を起こせば、わざわざが動いたという注目を集め、悪戯に場を掻き乱しかねない。隠していた事情を明るみにしてしまうために動いてどうするという話だ。


(…………)

(……どうしたらいいのか)


 結局、そこに立ち戻ってしまう。

 同じ道を何度も歩むような思考の迷宮に迷い、リプカは途方に暮れていた。


 ――と、僅かも動けない停滞の時間を過ごしていたその頃、部屋にノックがあった。


「あ、はい……! どうぞ」


 来訪者はビビであった。


 夕食の席からリプカを気にしていた彼女は、了承の返事があると、作法を略した所作で扉を開ける。


「邪魔する」

「ビビ様、こんばんは」


 部屋に入り、どこか気の弱った様子でベッドの上で膝を正すリプカを見ると、ビビは真っ直ぐそちらに向かい、ごく自然に了承の確認も取らずベッドに上がり込み、リプカの隣に、座を崩して腰掛けた。


 そして、こんばんはの挨拶以外にまだ何も言っていないリプカへ、ビビは端的に問うた。


「それで――私が力になれることか?」


 ――そのときリプカの胸を一杯にした感慨は、事情を鑑みるだけの他人には、理解しきれないほどの情緒があった。


 リプカは薄く涙の滲んだ瞳をまたたくと、卑下や後ろめたさとは無縁の心情で、ビビへ、己の弱音を晒した。


 他人へ弱みを吐露する――さして珍しくない事。

 しかし少女にとってそれは、今まで経験のなかった、初めてであった。


「ビビ様――話を聞いてくださいますか……?」


 そうして――事情が透けない範囲で、いま陥っている悩みの迷路を打ち明けた。


 あやふやにしか伝えられないのに、ビビはただ真摯に耳を傾け、聞き届ける姿勢を崩さなかった。

 リプカは焦燥もなく、抱いた不安を打ち明けた。


「――なるほどな」


 話を聞き終えると、ビビは顎に手をやり思案しながら、相槌を打った。


「つまり、私に話せない事情が、あちらに迷惑がかかってしまうかもしれない要因なわけだ。明るみにするわけにはいかない……そういうことか?」


 確認を尋ねるのではなく、独り言のように漏らし話に整理をつけると、ビビはリプカを見つめた。


「まあ、しかし――。関わりたいと思っている……少なくとも、それが本音なんだな?」

「はい。でも、それで致命になるような迷惑がかかってしまったらと思うと……」

「いや、私は、その思いの通りにすべきだと思うぞ」

「え……?」

「忘れたか?」


 リプカをじっと見つめながら、辺りに、そして自身にも指差しをして、ビビは言った。


「お前にはいま、この屋敷に宿しゅくしている、大変優秀な五人の王子が付いているんだぞ」

「…………!」

「その優秀に、私も含めてくれると嬉しいんだがな」

「……。…………」


 リプカは考え込んだ。


 力を貸してくれるだろうか……と、そのような不安は、不思議と強くは抱くことなかった。


 可能だろうか? ――二十分にじゅうぶんであると、憂慮に対するその疑念には、即座の断定回答が己の内から返ってきた。


 ただ――……。

 そこに至っても未だ、迷いはあった。



 



「まあ、すぐには答えが出ないなら、それもいいだろう」


 そんなリプカに、ビビはそのようなことを言った。


 その意味を計りかねたリプカに、ビビはフッと微笑んだ。


「今夜この部屋に来るのは、私だけではないだろうから……そいつとも相談して、未来を決めればいい」


 断言口調の予期を口にすると、ビビは懐から何かを取り出し、それをリプカに手渡した。

 妙な重さのある、それの表側全面が滑らかな液晶画面の、奇妙な物体。

 それはアルファミーナ産と思われる、手のひらサイズの機器類だった。


「とりあえず、私からはこれを。きっと役に立つ」

「あ、ありがとうございます。 これは……?」

「携帯機だ、違法モデルだがな。基地局を介さない試作機で、かなり無理矢理な方法だが双方を繋げることができるんだ。まあ端的に言えば――それは、フランシスと連絡を取り合うことができる道具だよ」


 リプカは目を見開き、手元のそれを見下ろした。


「フランシスにも同じものを渡してある。文通のような文字連絡になるが、タイムラグ無しで取れる連絡手段だ。セラフィの事情に関わることを決断したそのときは、それを使ってフランシスの力を借りればいい。アリアメル連合への入国の了解や領域への伝達も、フランシスを通せば話がスムーズに進むだろう」

「……ビビ様、ありがとう」

「いいさ」


 ビビは気軽に言うと、ベッドから降りて立ち上がり、瞳に涙を滲ませて頭を下げるリプカへ、背の向きで語りかけた。


「では、私はこれでな。――お前に力を貸してくれる者は、いまは結構いる。皆の力を頼ればいい、きっとお前にはそれができる」


 信頼するようにかけられた言葉に、リプカは一杯に溢れた情緒を抱え切れず言葉も発せないまま、コクコクと、ただ頷いた。


「何か頼みたいことがあれば、今夜でも私の部屋を尋ねに来てくれ。おそらく起きているから遠慮はいらない。――それじゃあ、私はこれで」

「おやすみなさい、ビビ様」

「おやすみ」


 最後に微笑みを浮かべ後ろ手を振ったビビが去ると、後には優しい静謐が部屋に残った。


 リプカは手元の機械をそっと握り、液晶の冷えた温度の中に、相反するような人肌の温もりを感じていた。



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