第五十六話:騒がしい午前中・1-1

「さて私の時間である」


 石垣の上で仁王立ちを決め込みながら、唯我独尊の響きをもって宣言する者がある。


 そんな仁王立ちの少女を、芝生の地に腰を降ろしながら、生ぬるい視線で見上げる、能面のような無表情が三つ。


 ――場所は裏庭の一画。


 もしリプカが一人残された食卓でもう少し頭を抱えることに時間を使っていたのなら、鍛錬を終えて自室へ戻る帰り道すがらに窓から外を見れば、ティアドラの元へ、クインを先頭にぞろぞろと列をなして赴く、クイン、クララ、ビビ――王子三人の奇妙な行進風景が映ったはずだ。


「――やあやあ諸君、お呼び立てに応じてくれて感謝する。今日お集まり頂いたのには訳があるのだ」


 クインは芝の上に腰を降ろす王子三人を見下ろしながら、もったいぶった口調で前置きから切り出した。

 しかしそれを聞く者たちは、もうすでに目付きが胡乱である。


「あのう、私これから、やりたいことが……」

「私も今日済ませてしまいたい用事がいくつかあるんだが」

「やるこたねえが、この時間が無駄だってことくらいは分かる」

「お呼び立てに応じてくれてェ! アリガトウ!!」


 目を剥いて叫び上げられたゴリ押しに、一同はとりあえずの不可避を悟り、ため息をついた。


「んで、なんだよ」

「うむ。当主代理第一補佐の手腕を、早速振るおうと思った次第でな」

「悪い予感しかしないな」

「それは内容を聞いてから決めろ。――さて、私たちがエルゴール家の屋敷に集まってから丸一日以上が経った。ので、そろそろボーっとしている期間も終わりである。つまり我々も、生活のために手を動かそうというわけだな。そういうわけで第一に、この家の家事手伝いを提案しようと思う。私だけではなくお前らも働けというわけで、こうして集めたわけだ」

「えっ」


 その内容に頓狂な声を漏らしたのはクララだった。


 まるで自身の常識からは考えられぬ行為を促されたような驚きようだ。


 その驚きを鷹揚に受け止めるような仕草を交えて、クインは頷いた。


「まあ令嬢の常識から言えば、それは常には無い行為、タブーとも言える振舞いであるだろう。お家の格を示さなければならぬ立場として在る令嬢が、余所の家で家事手伝いなど常識外れにも程がある。そんなことをすれば、周りから茫然の視線を受けること請け合いである」

「そうなのか?」

「令嬢ってのも、面倒の多い役柄だよな」


 首を傾げるビビと、気だるそうに表情を歪めるティアドラに頷いてから、クインは話を続けた。


「まあ艱難辛苦を乗り越える品性と人格を持ち合せていることは絶対条件としても、綺麗なお人形でいなければならぬところはあるな。――しかァし、今回は少し事情が違うのである。何故なら此度は、リプカ・エルゴールの婿となりフランシスとの途絶えぬ関係性を築くことを絶対目的に、各々遣わされているからである。……まあ、といっても、そうなれば儲け程度に思っている国がほとんどだろうがな」

「まあ、そうだな」

「私の国に至っては、他がそうしているから形だけでもそれに沿っておこう程度の考えしかないだろうな」

「そしてだな、ここが肝心なのだが――リプカ・エルゴール、おそらくあやつからすれば、社交の上手など婿選びの判断材料として二の次以下の価値しか有さない、根拠にもならぬ視界外の訴求点であるだろうというところに大事がある。つまり令嬢の在り方という、本来重要であるはずのそれが、この婚約レースにおいてはなんのプラス材料にもなり得ないという、常識外の妙があるのだ」

「ああ、確かにリプカは、その人の社会的な在り方に、そういった意味の魅力を見出す人柄ではないだろうな」

「むしろ無縁である! だってあやつ自身が社交とは無縁なんだもん。――とにかく、このままいけば令嬢の作法に縛られ、滑稽に距離を縮められんまま各々四苦八苦するという状況に陥りかねん。あっちは社交のつもりなんてほとんど無いのに、こっちだけ無意味にお固く接し続けるという状況が続くわけだ」

「うっ……!」

「なるほどな」

「今回の事情はとにもかくにも、リプカ・エルゴールと婚約を結んだ者が勝者である! そしてその過程に社交的是非は問うまいよ、あやつ本人がそんなこと気にしないから! ――つまり振舞いなど、この場所に限ってはつねと話が変わってくる、固定観念の無意味なのである」

「た、確かに……。それは、そうかもしれません……」

「んで、結局なにが言いたいんだよ」

「ので! 話し合わせてお互いの了解を取り合い、この場に限り、令嬢としての見せ方を少し緩めましょうね、という話だ」


 ニッコニコの笑顔で手を打ち、クインはそんな、“みんなのことを考えました!”とでもいうような意図の打ち明けを口にした。


 他の誰が言うならともかく、クイン・オルエヴィア・ディストウォールの気遣いである。


 クララは思わず無意識で、体が受け付けないものを口にしたときのようにぶるっと身震いしてしまった。

 他の面々の反応も似たり寄ったりの反応である。


 クインだけが表情豊かであった。


「他の王子に品格を誇示するという一点を除けば、社交界の顔を見せることなど、この場に限ればまったく無意味であるわけだしな。故にその了解は有意義である。――そして、ここでお話が最初に戻ってくるわけだ。働かざる者食うべからずっ! 客人として招かれた我々だが、エルゴール家の面目を潰さない範囲で家事手伝いをしないかという提案だ。まあそもそも、生まれてこのかた、家事手伝いなどしたことがないという令嬢も珍しくはないだろうがな」

「オジョウサマだねぇ」


 ティアドラが揶揄するように言うのとほぼ同時に、クインは素早くクララへ視線をはしらせた。

 クララはその揶揄に恥じ入ることなく、平然を浮かべている。――それを見るとクインは僅かに口端をニヤリと曲げ伸ばした。


  

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