騒がしい午前中・1-2
「というわけなんだが――はーい、ここまでの説明を聞いて、ご質問はー?」
「あ、はい、私から……」
間延びした声の問い掛けに、クララが小さく手を挙げた。
「あの、令嬢としての振舞いが足を引っ張ることになるかもしれない、というお話は分かりましたが……それがなぜ突然、家事手伝いのお話に繋がったのでしょうか?」
「うむ、良い質問だパツキンガチ」
「パッ……パツキンガチ……ッ!?」
「それは正直に言えば、個人的な企みが絡んだ提案なのだ」
「企みが絡んでいますのね……」
「だがな――その企みの内容は、クララ、お前も他人事ではない重要が含まれた事情があるのだぞ」
「え……?」
「問題は――」
クインはピンと立てた人差し指をちょいちょいと振ると、それでビビとティアドラの二人を順繰りに指差した。
「この二人が貴族筋の出自ではないことにあるのだ」
「…………!」
ビビとティアドラのピンとこない無表情とは対照に、その言葉にクララは気付きの衝動を浮かべた。
その表情を窺い、クインはフフンと笑んで胸を張った。
「そうだろう? 貴族制度の無いイグニュス連合はともかくとして、アルファミーナの、お前も貴族筋の人間ではないだろう。だって匂いがしないもん」
「そうだな、私は至って平凡な平民だよ。やっぱり分かるものか」
「フン、つまーり! この二人は令嬢の面倒な制約とは無縁であり、あのぼーへーチャンに対し、枠の無い自由なアピールを仕掛けることが可能なのだ! この二人がその気になったとき、我々は大きな不利を負うことになる! だって、なんかあやつ、そういう自然な態度に弱そうだし」
「む……むっ……」
「なるほどな。しかしそれで、なぜ家事手伝いなのだ? 話が飛んでないか?」
「飛んでない! いいか、家事手伝いをすれば、それを
握った拳を突き出して力説すると、クインは腰に手を当てて声のトーンを変えた。
「まあそれに、オルエヴィア連合の女としてタダ飯喰らいは居住まいが悪いしな。客といえど令嬢といえどそれはそれ、これはオルエヴィア連合の習慣である」
「…………」
「…………んー……」
クインの演説を受け、クララは顎に手を添えた真剣な表情でその提案を黙考していたが……ビビの表情は歯切れの悪い、突っかかるものがあるように微妙なものであった。
「……なあ、やっぱりその提案、途中で微妙に話が飛んでないか? 結局家事手伝いの重要性がイマイチよく分からなかったし、それに中盤から、クララにだけしか話しかけていなかったような感じが――」
「シャァーーーップッ!(シャラップ) 一つも話は飛んでないし、それはお前の気のせいだ!」
「そうか……?」
首を傾げるビビ。クララはなお、真剣に黙考している。
――と、そこで最初にクインの提案に返事を返した者は、意外なことにティアドラであった。
上体を倒した楽な姿勢で、特に感慨の籠らない声を上げた。
「俺は別にやってもいいぜ。――二、三日ならともかく、この先長いこと、人に生活の要所を任せっきりってのも収まりが悪いし、ボケそうだしな。貧乏思考だが、ちょうどいい塩梅だろ」
ティアドラの返事に、クインは花咲き乱れるような満面の笑みを浮かべた。
「まあ、そう言われるとな――」
続いてビビも、髪を掻きながら返事を返した。
「いや、向こうでも洗濯やら食事やらはほとんど人任せだったのだがな……しかし確かに、やれることがあるならやっておきたいという、収まりの悪さはある。なにせ本当にお姫様気分だからな、ここに居ると。感覚がおかしくならないように、やれることがあるというなら、私もやろうかな」
その返答を受けて、クインの満面の笑みは、今や行き過ぎてひん曲がったそれである。
「それなら、私も――」
最後に、クララが小さく手を挙げた。
「やってみようかと。家事は一通りこなせますから、そこも問題ありません。ゲストとして、お招きいただいたお家側の格を貶さない範囲で、それをしてみたく思います」
――その笑みはもはや、悪魔の形相であった。
クインはその人間離れした顔そのままで、満足げに一つ手を叩いた。
「うむッ! 各々良い心掛けである! それじゃあまあ、先にも言った通り、エルゴール家の面目を潰さん程度に家事手伝いに精を出すとしようか!」
――そんなこんながあり、屋敷に残った四人の王子はエルゴール家の家事手伝いに勤しむこととなった。
アズナメルトゥがいない。そして何より、セラフィがいない。
クインにとって千載一遇の機会、急に空を覆った厚い雲の予兆通り、騒乱の嵐が訪れないわけがなかった。
騒がしい午前中が始まる――。
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