第五十五話:静かな午前中

 結局クインの言いたかったことに見当はつかず、未だ考え込んで首を傾げながら自室へ戻ろうとしていたところに、裏庭で昨日と同じように槍術の鍛錬をしているティアドラの姿が目に入った。


 まずは努力が習慣になるくらい、努力しなさいね。


 直向ひたむきなティアドラの姿を見て、かつて師から教えられたその教訓がいま耳元で告げられたような鮮やかで蘇り、リプカは背筋が伸びるような心持ちと共に、昨日一昨日と鍛錬を怠ってしまったその怠惰を恥じた。未だ『まずは』にも至っていないことを内省する。


 他人の努力を見て慌てて行動を起こすのも浅短な性根のように思えたが、やらぬ浅短よりやる浅短である。リプカはこそこそと裏庭の【秘密の場所】へ足を運ぶと、日課としていた鍛錬の一連を済ませた。


 少しばかりの汗を流すと、疲労のためというわけでもなかったが、ちょっとばかりの眠気を覚えて目を擦った。

 昨日は結局、ミスティアと朝方までお話を交わしていた。クインの様子を気にかけていたこともあり、それから睡眠は取っていない。


(ちょっとばかし、横になろうかしら)


 超人的な身体能力を持つリプカだったが、意外なことに、眠気には常人並みの耐性しかなかった。


 思考の衰えを覚えつつ、心地よくもある眠気に僅かの間でも身を預けたい思いに、一考を向ける。

 誘惑に魅かれて損となる事情も思い当たらず、リプカは自室に戻るとしばしの間と横になり、魅力的な睡魔の重力に任せて瞼を落とした。


 しかし少しばかりと思っても、意図した時間よりも長く眠りに揺蕩ってしまうのが人の常である。リプカは午前中一杯を、すやすやと寝息を立てて過ごした。


 昨日とは打って変わった、波風のない安息。

 静かな午前中であった。


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