第四十五話:条例設定議論会議の行方・1-1

 今や重苦しい雰囲気に包まれた食卓の間へ、最初にやって来たのはクララだった。


 変わり果てた広間の内装に目を丸くして、呆気に取られたように入口で棒立ちになるクララ。テーブルに備えられた国旗と、重々しい雰囲気を醸し出す蝋燭に目を移すと――そのあまりに過ぎた仰々しさに、有り体に言えばドン引きしていた。


「リプカ様、これは……?」

「よく来たな」


 クララの疑問符にリプカの返答も許さず、腕を組み座に着いたクインが割って入って答えた。


 よく見ればクインが座るのは、昨晩フランシスが座っていた席の位置――しっかり上座であった。


「まあ座れ。場所は分かるな?」

「は、はあ……」


 クララは困惑しつつも、祈る人物像のシルエットを前面に、白抜きする形で槍の模様が描かれた、エレアニカ連合の国旗が飾られた席に着席した。


 リプカに目を移してみれば――事の成り行きに不安を抱いていることがありありと見てとれる強張った表情で、祈るように手を組みながら玉汗を流していた。


(ああ……)


 リプカが事態に流されていることを察して、クララは貧血を起こしたように顔色を青白くした。


 続いてやって来たのはビビだった。


 ビビは幾分かの不審を露わにしながら、クイン・センスの内装をマイペースに見回した。


「……これは?」

「ようこそアルファミーナの。お前はそこの席に」

「はあ。いやなんでお前が仕切っているんだ?」

「そういうものだ」

「ああ、そうなのか。――客人が率先して準備を行うなら、私も手伝うべきだったな」


 簡単に騙されながらビビも席に着いたが、リプカの表情に視線を移した途端、「あ」という間抜けな音を顔に出したような気付きの表情になった。


「わっ……?」

「おや、これは……?」


 ビビが何かを言う前に、ミスティアとセラが到着した。

 クインは無駄に懐の深そうな笑みを浮かべながらに、二人に席を示した。


「よく来た。まあ、まあ、席に着くがいい」

「――素敵な装飾ですね。クイン様、こちらはどういった趣向の装いなのでしょうか?」

「まーあままままあまあ。座っておけ、とりあえずな」


 手ごわそうなセラを力技で丸めこむようにあしらいながら、眉に若干皺を寄せて、しつこく席を示した。


 納得したわけではないだろうが、今や途轍もない不安の表情を露わにしながらも何も言わぬリプカを見つめると、セラは戸惑うミスティアの背を優しく押して、事を荒立てず、席に着いた。


「うお。なんだこりゃ」

「よーく来た。さあ席に座れ、お前で最後だ」

「あー、まーたお前のバカか」


 最後にやってきたティアドラは呆れ顔でクインを見やった。

 クインは漂白された笑顔を向けながら、ティアドラに席を指示した。


「私は馬鹿じゃないが、まあ今はいいよ、席に座ってくれ。――いや馬鹿じゃないけどな。お前のほうが絶対馬鹿」

「はいはい」


 ティアドラは取り合わず、品格無縁の粗暴な振舞いで着席した。


 クインは食卓を見渡すと、満足げに一つ頷き、柏手を打った。


「よぉし皆揃ったな。――食事を運んでくれ」

「お前そこまで指示出してんのか。早速乗っ取られてるじゃねえか、当主代理」

「え、ええ、でも……」


 ティアドラの突っ込みに、未だ事態に制止をかけぬリプカは、胃の痛みを堪えながら弱弱しく呻いた。


 食事が運ばれてきた。


 食卓の間にふわりと、悪戯に嗅覚を刺激することのない、丸く優しい香りが漂った。


 各々の前に置かれたのは、魚介類と香草を煮込んだ、味の濃そうな赤色のスープだった。


「まあ、まずは親睦を深めようじゃないか」


 各々、見慣れぬ料理に首を傾げる中――。

「これは……?」

「――これ、戦場食じゃねえか?」


 セラの疑問符に、ティアドラが答えた。


 それを又聞またぎいて、リプカもよくよく目の前の料理を見つめたが、湯気を立てるスープは粗末なようには見えなかったし、香りも、香草の良い匂いが適度に香る素敵なもののように思えた。


 クインは笑みを浮かべながら料理を手で示し、それの由来を語り始めた。


「オルエヴィア連合故郷の味だ。貴族の食卓にも並び、庶民の一般食でもあり、非常時の野外食でもある。非常時はカップに入れて飲んだりするな。尖った所のない味と温かみは、気の張りを解す。この会合にうってつけであると考えた」

「へえ。――いやなんで今ここで、お前の国の故郷の味だよ」

「私が主催の会合だからだな」

「…………」


 ティアドラは突っ込むのをやめて、呆れを浮かべながら、面の広いスプーンを手に取った。


 事の成り行きに気揉みしながらも、リプカも小さく礼義を口にして湯気立つスープを口に運んだが――。


(――し、心配事が気がかりすぎて味が分からない……!)


 みなのそのそと食事に口を付け始めたところで、クインが声を張り上げた。

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