条例設定議論会議の行方・1-2
「――さて、では話し合いである。議題は一つ、諸君らもその重要性については考えていたことだろう。つまるところ、エルゴール家領域内条例についての設定会議である!」
「…………? なんだそれは」
「一個も分かんねえよ」
「わ、分かりかねます……」
「ふむ。それはどういったものなのでしょう?」
四人それぞれ声を上げたが、セラだけは、それがどんなものであるのかに見当が付いている様子だった。
クインは各々の反応に頷きを返すと、表情を落ち着いたものにして、ぐるりと皆に視線を向けた。
「つまり、この奇妙な共同生活における取り決め事を挙げようという会合だ。皆各々、守らなくてはならない、または侵されたくない事情の一つや二つはあるだろう。それを
「なるほどな」
ビビの相槌と同じく、リプカも内心で納得を抱いた。
なるほど。――クララもティアドラも、その意外にまともであった提唱に、若干、気を緩めていた。
(そうだったの……。クイン様も、しばらくはエルゴールの屋敷に滞在する身であるのだから、そのことを気がかりに思ってのことだったのですね……。確かに、気付きませんでしたが、必要なことです。本来それは、私が話し出さなければならなかったこと……)
(私の助けになるというあの言葉も……嘘では、なかったのですね)
肩の力が抜けると同時にほっと息をついて、リプカは安堵に浸かりながら、クインの故郷の味だという温かいスープを一口頂いた。
今度はきちんと、柔らかな口当たりとしっかりとした味付け、香草による爽やかな後味までもが味わえた。
(フフ。クイン様の、故郷の味……)
「そこで私から一つ提案である」
クインは食卓の
「エルゴール家領域内条例、第一条! ――エルゴール家当主代理の権限者は、この私、クイン・オルエヴィア・ディストウォールとするッ!」
「ブーーーッ!」
リプカは口に含んでいたスープを勢い良くとっ散らかした。
噴出された赤い
「テメェーーー!? オマッ、国の御旗に吐瀉物吹きかけてんじゃねェボケェエッ!!」
「げほッ、ごほッ」
「リ、リプカ様……!」
「大丈夫ですか?」
「ごほ、ごほっ、――ぶふへッ」
「あー、器官に入ってしまっている。ほら、鼻からスープが出ている――」
「鼻からも噴くなッ! オメッ、我が故郷の味だっつってんのに! なーにをやっとんじゃァッ!」
「いやオメーだよそりゃ。天上突破バカ」
「オメーが馬鹿だからッ」
一瞬にして喧々囂々の騒ぎとなった食卓に、リプカのか細い声が割って入った。
「ク、クイン様……げほっ。あの、いまの発言は、いったいどういったことですか……?」
「そのままの意味だ」
クインは仁王立ちで食卓を見渡した。
「言うなれば、私に権限を委託するところによる、統治案の打診である。統治というと聞こえが悪いか? 代行取り仕切り役と言ってもいい――」
「代行、取り仕切り役……」
「その通り。譲渡ではなく、あくまで委託である、私がお前に対して上位権限に立つことは当然ないし、もちろん、お前の一声で、私の役はすぐに
「なに言ってんだこのバカ」
ティアドラは半目の視線をクインに向けたが――今度のクインには余裕があった。
「ふん。そう言っていられるのもいまのうちだ」
「あ?」
「断言する、お前たちが私の意見に否を唱えるのは、私がお前たちに提示を披露するその間だけだ」
「ど、どこかで聞いた台詞のような……」
「なんか言ったかエレアニカのォッッ!」
「ひっ……!」
目を剥いて睨んできたクインの剣幕に、思わず悲鳴を上げてしまったクララだった。
「な、なにもないです……」
「フン。――お前0勝1敗だからな、まだ。0と1のたった一回だけだから。そこのところ間違えるなよ?」
「は、はあ……」
クインはフンと鼻息を漏らすと、皆の方に向き直り、話を続けた。
「此度の集まりはつまるところ、着飾ることなく言ってしまえば――婚約レースである。フランシス何某がそう言い表した通りな。であれば、各々こやつに個を主張しなければならない。それは各人の事情あれど変わらず、絶対に必要なプロセスである。違うか?」
クインはぞんざいに、器官に入った熱いスープに苦しみ背中を丸めるリプカを指差した。
そして鉤爪の形にした手を皆のほうに差し出し、意思の通った強い声色で王子たちに主張を示した。
「つまり各々の不可侵の話だけではなく、共同生活における、自身を選ぶ優位を示す、主張の場の取り決めをも、いま決めてしまいたいという話だ」
「なるほど」
クインの熱弁に、セラが静かに相槌を打った。
セラを見やったクインの視線には油断がない。彼女こそが最大の鬼門であると考えていることが透けて見えるようだった。
セラは冷静な表情のまま、クインに論弁を向けた。
「言わんとしていることは分かります。しかし、その発案によりクイン様がエルゴール家の当主代理権限を掌握するという提示については、少し道理が飛躍しているように思えますが」
「それを決めるのはそこのダンゴムシだ」
「ダ、ダンゴ……酷い……」
悲しい表情を浮かべるリプカを見下ろして、クインは真剣なまなざしでリプカに論弁をぶった。
「いいかリプカ、私はいま、お前の嫁となるべく尽力し、主張したい。それは誓って嘘ではない。そして私にできることがあるとすれば、それはお前を支える補佐の働きに他ならないと私は考えている。そのために私は家事のあれこれを円滑にこなし、お前に私というものを顕示したい。――リプカ」
コツコツと靴音を鳴らしてリプカに近寄ると、片膝を折り、屈んで視線を合わせて、クインはその視線と同じ、真っ直ぐな言葉を向けた。
「私に、お前に私を顕示するチャンスをくれ」
「…………!」
リプカはこくりと息を呑み――。
「――げフぶっ!」
またむせた。
「――シリアスになれんのかお前はァッ!」
「す、すみま――ケホッ……」
リプカは息苦しさに涙目になりながらも、クインの弁に一定の納得を抱いていた。
彼女なりの精一杯。その真っ直ぐに尽力する様は、クインのことをまだ深くは知らぬというのに、不思議と、とても彼女らしく思えた。
しかし、とはいえども――。
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