第四十三話:当主代理の責
『好奇心で期待する。
この木なんの木、――バオバブの木。』
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アズを見送り、ビビの部屋の改装作業を手伝い終えると、日も地平の彼方へ沈み始めて――時刻はまもなく夕食時であった。
一仕事を終えて安気な息をついたリプカだったが、夕食の時刻が近付くにつれて、次第にそわそわと落ち着きを失い始めていた。
(――私が当主代理なのだから、しっかりしなければ)
リプカは自室内をうろうろと歩き回りながら、胸が痛いほどの緊張を抱えながらにそれを思った。
当主代理の重責――リプカは来たる責任の場を目前に、その重みを、今更に実感していた。
代表してお客人をもてなす位地にあり、いまや自分が屋敷のあれこれを仕切らなければならない立場であることを、夕どきの集まりを目前にして気付き、慌てた。
たかが食事会などとは言えない。それは、お家の格を示す重要な会合であることは、さすがのリプカにも理解できた。国を代表する貴族令嬢の集う顔合わせである、社交界となんら変わらない。
だがこればかりは、誰の助けも借りられない、独りでこなさなければならない試練であった。
「ふ、フぅ……ふ……」
奇妙な呼吸音さえ発して、ぎゅっと顔を顰める。重圧の苦に、早くもアズの頼りを恋しく思っていた。
(――だ、駄目です、一人でもしっかりしなくては……! 頼り切りはいけません……っ)
ふーふーと荒い息を繰り返しながら、なんとか気を落ちつけようとしていたところへ――。
コンコンコン。
部屋にノックの音が響いた。
「は、はい……!」
使用人からの、会食のあれこれの確認かと思い返事したが――姿を見せたのは、改装作業で乱れた身なりを正し、ドレス姿に着替えたビビだった。
「あ、ビビ様……」
「お邪魔する。手伝い、ありがとうな。お茶でもどうかと思ったんだが……どうかしたか?」
リプカの青白い顔色に、ビビは首を傾げた。
「なにかあったか?」
「あ……ええと――」
リプカは恥入りながらも、当主代理の責任に狼狽していたことを打ち明けた。
テーブルを挟み対面で座りながら、ビビは真摯にリプカの打ち明けを受け止めたが――その悩みを聞き終えると、やんわりと表情の力を抜いた。
「そんなに気構えなくともいいと思うぞ。――ああ、まあ、貴族の会食というものは、ただの食事会ではないことは理解しているが」
リプカの深刻な表情に事情の解釈を前置きしながらも、ビビはリプカの淹れたお茶を啜りながら、あくまで気楽な声で続けた。
「だがな、集まっているメンツがメンツだ。私はべつに貴族ではないし、ティアドラだってそうだ。出席者の三分の一が貴族世界とは縁のない者であるのだし、他の面々も、たぶんお前に好意を寄せている奴らばかりだ。今回の会食はそういった意味で特殊なものになるだろうから、あんまり気負わずともいい気がするがな」
「あ……やはり、ビビ様は貴族筋のお方ではなかったのですね」
白羽の矢が立ったその理由と雰囲気から察していた予期を問うと、ビビは頷いた。
「うちの国は本当に適当だからな……。まあ最初に顔を合わせたとき説明した通り、礼儀作法という概念すら希薄な我が国だ、ロクなのがおらず、一番マシと思われたらしい私が無理矢理選ばれたんだ。――私も相当にギリギリだけどな。ティアドラの場合は、なんらかの理由があっての推薦のようだ。そもそもイグニュス連合には貴族という概念自体が無いしな」
「なるほど……そうだったのですね」
「まあだから、本場の会食に望むような緊張は無用じゃないか? 言っても、全員が見知った仲だろう。責はあれど重圧を感じるほどの苦難はあるまいよ」
(――そ、そうなのでしょうか……?)
リプカは握った手のひらを口元に当てながら、必死で考えを巡らせた。
悩みのあまり、内心では梅干しのように表情をくちゃくちゃにしながら疑念を浮かべていたが――。
初めて結べた友好。王子たちが向けてくれた優しさの一つ一つを思い出すうちに。
「――そうですね。少なくとも、身が潰れてしまいそうな重責に喘ぐような試練ではないのかもしれません。そんな表情を浮かべていたら、皆様も困ってしまうかもしれませんね……」
結局、こうして友に相談できるということに、リプカにとってのその奇跡に、知らずのうち浮き足立っていたこともあって、その弁に一定の納得を抱いてしまった――。
「身が潰れるような重責を感じる必要はないだろうに」
苦笑して言うビビだったが――今回ばかりは、事に対する理解が及んでいない、はっきりとした彼女の間違いであった。
もし相談に乗ったのがクララかセラであれば、ビビの弁とは真逆の答えを返しただろう。
社交界の過酷を甘く見た失態。世間知らず二人が相乗効果を効かせて事態を悪い方向に進めていた。
――とはいえ。
そうはいえど。
後に起こる、ある王子による暴走の騒動は、気を引き締めてどうにかなるようなものではなかったかもしれないが……。
ともかく、貴族の社交常識的にも間違った答えを出しながらも、それとは気づかず二人呑気に雑談しながら長閑に、時間を消費してしまったのだった。
――エルゴール家領域【クイン独裁国家】の成立まで、あと僅か。
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