第四十一話:友との時間

「――っと、紅茶を用意したけど、もしかしてもうお腹タプタプかな? まあとりあえず、労いの意味を込めて。――お疲れ様、リプカちゃん!」

「ありがとう、アズ様。思ったよりもずっとスムーズに事が運びましたが、なんにせよ大事なくてよかったです」


 王子たちへの連絡を終えると、リプカはまず一番にアズの部屋へと戻り、事の完了を報告した。


 きっと、それは地道な一歩の前進――その一歩目。

 無駄な労ということではなかっただろう。


 この僅かな間に、少しだけ伸びた背筋。そのことを密かに嬉しく思いながら、アズはリプカの頑張りを労い、事が上手くいったことを共に喜んだ。


「アズ様の言った通りでした。皆様すぐに、是の返事を返してくれた。そればかりか、力を貸してくれるとまで言ってくれた……」

「それはきっと、ジブンの思いを伝えようとした懸命の結果だよ。リプカちゃんの人柄が、皆を動かしたんだ」

「そ、そうでしょうか……?」

「絶対そうっ! ほい、胸を張る!」

「は、はいっ」


 慌てて胸を張ったリプカに、アズは上体を傾けながら破顔した。


(嬉しいな……)


 何度目かになるが、しかし何度あっても、友と笑い合える時間というのは掛け替えのないものであった。

 濃い目に入れてくれた紅茶を啜りながら、しみじみと思う。


「それで、リプカちゃん。各々の王子方と、個人でお話ししてみた感触はどうだった?」

「感触、ですか? ――皆様、本当に快く願いを承諾してくださって、あの、悪くはなかったかと……」

「んにゃ、そういうイミじゃなく。婚約者候補としての好感度って意味の感触ですよ。どうだったかなぁ……と」


 リプカは目をぱちくりしてしまった。


「お、王子方の――私への好感度、ですか……?」

「イエス。個人で面と向かってお話ししたことで、見えてくるモノもあったんじゃない?」

「ん、んん……。…………。…………――」


 赤面と共に、リプカの髪がみょんと四方に散らばり始めた。


「うぉぉ、どしたぁ!?」

「あの……あの、色々ありました……。色々……」


 狼狽に目を回しながら弱弱しい声を漏らしたリプカへ、アズは伺いの目線を向けた。


「――あの後いったいどんなことがあったか、よければだけれど――お話しを、聞いても?」

「――はい。聞いて、もらえますか?」

「うんっ。ゆっくりお話ししよう!」


 そして、「あの後――」と、リプカはもう恒例となった語りの口火を切って、この部屋を出た後にあった様々を語った。


 ビビが自分を頼りに思ってくれたこと。力を貸そうと言ってくれたこと。


 ティアドラが快く、願いを承諾してくれたこと。正直信じられなかったこと。


 セラとミスティアの前で、ぼろぼろと涙してしまったこと。その訳……そのときの胸中……。そしてセラが向けてくれた言葉。それに強い希望を覚えたこと――。


 クララは、その選択を分かっていたように快く承諾してくれた。爪に彩りを描いてくれたこと、しばし雑談を交わした時間。執事長のヴァレットが、両親が家を空けたことを伝えに来たことまで話した。


「――ということが、ありました」

「なるほど。そっか、そっか……」


 セラに打ち明けてしまった思いのくだりで、表情を暗くしていたアズは、リプカの語りをゆっくりと胸に収めるように数度頷くと、膝上に置かれたリプカの手に、己の手を重ねた。


「んじゃ、最後に私から、一人の王子として――そして一人の友人として伝えよう。リプカちゃんは素敵だし、一緒にいて楽しい! だから私は力になりたいって思うんだ。私にとって、リプカちゃんはいつだって懸命してる、チョー自慢な友人だぜ! 特別な告白だよ、嬉しんで頂戴!」

「ア、アズ様……。……ありがとう」


 顔を赤くして微笑んだリプカへ、アズは輝く笑顔を浮かべた。


「元気出た? もー途中、『必死で顔色を良くしようとするゾンビ』みたいな顔つきになってて、心配になった!」

「そ、そんな表情になってましたか!? お恥ずかしい……」

「リプカちゃんは笑顔が似合う。なんだかこっちまで元気になる、素敵な笑顔だよ」


 軽く指先の裏で頬に触れてきた、アズの手の感触に、また赤くなる。


 底抜けに明るく照らす、それこそ、こちらに元気を与えてくれるアズの陽光が隣にあることを、とても嬉しく思って、心の底から、一緒に笑い合った。


 と、アズの視線が、リプカの指先に向いた。


「――ところでリプカちゃん。実はずっと気になってたんだけど――クララちゃん直々に化粧してもらったっていう、薬指のネイルアート……! チョイと、見せてもらってもいい?」

「あ、はい、どうぞ! こちらなんですが――とっても綺麗ですよね!」

「――――くわぁあア、いいなァ……!」


 気になって仕方がなかったというのは本音なのだろう、アズはリプカの爪に描かれた色を目にすると、仰け反るような仕草で羨ましさを露わにした。


「エレアニカのミィル! しかもセラフィア領域の令嬢、直々のメイク! こ、これ、私も頼んじゃ駄目かなぁ……」

「やはり、これは有名なお化粧なのですか?」

「有名だよー! 昔から、エレアニカ連合の風習の中でも特に注目されてる、女の子にとっての憧れ! 元は祭日に施すお化粧なんだけど、最近では普段使いのオシャレとしてもすごく注目されてて! でもさ――こんなに上手くメイクできる人がいないんだよね。祝祭以外でミィルを施すことが『ネイルアート』って呼ばれ始めた頃に、ネイルアート専門のお店とかもいくつか立ち上がったんだけど、どこも本場のミィルほどの綺麗な色彩が出せなくて……。私も自分でやってみたけど、どうにも上手くいかなかったなぁ。リプカちゃん、羨ましい」

「うへへ……。――あの、クララ様にお頼みすれば、きっと快く承諾してくださると思います。彼女は気の優しいお方ですから……」

「んー……。――やっぱり、それはやめておこっかな」

「……? 何故ですか……?」

「リプカちゃん。ミィルを大切な誰かのために描くときには、描いた爪の指によって意味が生まれるの。それでね、左手薬指に描く意味は――」



「貴方と一緒に居たい」



「――――……」


 リプカは数秒をかけて顔を赤く染めると、薬指の化粧を見下ろすように俯いた。


 アズは苦笑に似たニュアンスで、ニッと笑った。


「まあ、さすがにね。でも、本当に綺麗だなぁ……。ちなみに、クララちゃんはどうやってお化粧してた?」

「え、ええと……ミィル塗装液というものを、三種類の筆で塗っていました。最初に透明な液を、全体にムラなく塗って――」

「うーむ……やり方に大きな差はないはずなんだけどなぁ。下準備に石鹸水を染み込ませた布で爪を磨いてみたり、マッサージしてみたりなんだり、色々試されてたけど……本場の人のメイクを見ると、やっぱり単に、染み込んだ技術の差って感じがするなぁ。三種類もの色をこんなに綺麗に描くなんて、どうやってるんだろ……。――っと、そうだ!」


 アズはハタと手を打ち、立ち上がった。


「忘れるところだった! パレミアヴァルカ連合に戻る前に、リプカちゃんにメイクのあれこれを教えたいなって思ってたんだった!」

「え――私に?」

「そう! クララちゃんとずっと一緒なわけだし、覚えておいたほうがいいでしょ? ほら、リプカちゃん、スタンダップ!」

「――……アズ様」


 アズに手を引かれて立ち上がりながら、リプカはもう何度目かも分からない、心からの言葉を口にした。


「ありがとう」

「んっ! その表情、素敵だっ。やっぱりリプカちゃんは笑顔が似合うね」


 そう言うアズこそ、太陽のような笑顔を輝かせる様を見て。

 私もいつか。セラの雄大な優しさに触れたときと同じことを今一度思ったが、今度は不思議と――意気消沈を伴わぬ前向きな気持ちで、それを思えた。


 曇りなき太陽は、周囲の人の心も不思議に温め、輝かせるから。


「――アズ様」

「うん?」

「いつか一緒に、アリアメルのシィライトミア領域に遊びに行きましょうね」

「おおっ! ――行こう行こうっ! リプカちゃんアリアメル連合には行ったことないんだよね? アリアメルデザインの服、絶対リプカちゃんに似合いそう! あっちは男性服っぽい女性服もメジャーだから、それもリプカちゃんに似合いそうだなー。あと特色に溢れた色んなスポーツ競技が盛んだから、リプカちゃんチョー活躍するだろうし! ねね、一緒に水上スキーやりたい! 水の上を凄い勢いで滑るスポーツなんだけど、あれ怖くて私一人じゃできなかったんだぁ……!」

「は、はい……是非……!」

「――とと、ついはしゃぎ過ぎてしまった……。やー、ほんとに嬉しかったからさ……!」


 体裁ではないアズの喜色を見て、また目の淵に涙が溢れそうになったが――それを堪え、リプカは底抜けな笑顔で、屈託なくアズと笑い合った。


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