第二十五話:クインの野望・1-1

 実は、人が近づいてきていることには気づいていた。

 けれどまさか、こちらを目指して進んで来るとは思っていなかった……。


「お前何をやっている……?」


 青筋を浮かせてリプカを見下ろすクインだったが――正直、それはリプカが口にしたい台詞だった。


 なぜ、彼女がここに……?


 フランシスに用があるということでリプカの部屋を後にしたアズの代わりに、事情を話して頼ったビビが、傍に付いてくれていたはずなのに……。


 首を巡らせると――はたして、少し離れた位置でこちらの様子を窺う、庭園の影に隠れたビビの姿があった。


 リプカに小さく手を上げた彼女は、痛みがあるのか、腰を押えている。

 ……どう見ても、暴力の痕があった。


(何があったの……)


 リプカは混乱を浮かべながら、クインを見やった。


「ク、クイン様、どうしてここに……?」

「アルファミーナ連合の遣いから聞いたんだよ。なんだか随分めかしこんで、お前が余所の王子に会いに行くってなぁ」


 リプカは驚き、庭園の影に隠れるビビに視線をやった。

 ビビは手を合わせ、リプカを拝んでいた。……口を滑らせたことへの軽率を反省する色を表情に浮かべている。


「あ、あの、それで、何用で……?」

「――何用で?」


 赤色の瞳が見開かれる。

 思わずリプカとクララは、クインから少し距離を取った。


「――――お前、責任取るっつったよなァ!」


 髪をグワリとなびかせ立たせながら、般若のような表情を浮かべるクイン。


「早速浮気かテメェッ!」

「あの、その、あの……!」



『だから、婿にしろ、っつってんだろ』



 ティアドラの推測が頭を過る。

 彼女の考えは正答を射ていたようだ。


 クインに怒鳴られ、その剣幕に慄き仰け反るリプカの隣で、クララが落ち着いた声音を発した。


「リプカ様、こちらのお方は……?」

「あ、こ、こちらは――」

「フン」


 リプカの紹介を鼻息で遮ると、クインは二人に近寄り、クララの逆側、リプカの隣に腰を降ろした。

 そして支配者然とした態度でリプカの肩に手を回し引き寄せると、クララを睨み据えながら、自ら名乗りをあげた。


「クイン・オルエヴィア・ディストウォール。コイツの婿であり嫁である、正真正銘の婚約者だ」

「しょ……! ち、ちが……!」

「違わないよなぁ!?」


 クララの「どういったことでしょうか……?」という問い掛けの瞳に首を振ったリプカの鼻を摘まみながら、クインは怒鳴った。


「むぐっ」

「オマエッ、責任取るって言ったよな……? 確かに、昨晩、聞いたんだけれどもッ!」

「さ、昨晩――!?」

「ちがっ……! そ、その、クイン様、昨晩の“話し合い”で言いました責任を取るというのは、もっと別の形で果たしたく思いまして……!」

「別の形だァ?」


 そもそもリプカは「責任を取る」などと一言も言っていないのだが、そんなことはおかまいなしに、クインは問答無用の圧でギロリとリプカを睨み据えた。


「は、はい。クイン様の安全が約束されるよう配慮を配ろうと……。あ、あの、お国に戻るという選択は、きっと今からでも実現は可能だとは思いますが……少し賢明でないように思えます」

「……ふん。それは……私も考えた」

「ですからここにおられる間、もしもの危機にも対応できるよう、身の安全を――」

「甘いな」


 クインは再びリプカの鼻を摘まみ、話を遮った。


「ふぐっ……」

「私のやりたいことは、そんなことじゃない。そんなこと約束されても、お国は戻ってこないんだよ……」

「で、では……クイン様のやりたいこととは、いったい……?」


 瞳に踊る紅蓮の炎をじっと見つめながらリプカが問うと――クインは、信じられないことを口にした。


「お前を使って、もう一度戦争を起こす」

「――――っ!?」


 あけっぴろげに開示されたその思惑に、リプカは信じがたい気持ちで目を瞬かせた。


「しょ、正気ですか……?」

「何がだ」

「私が……そんなことに手を貸すとでも?」

「フン」


 クインは含みありげな笑みを浮かべた。


「まあ、そう思うのも無理ない。――だがこれは、お前にも計り知れない利のある話なんだ。決して一方的な利害ではない」

「…………? と、いうと……?」

「まあ、それを説明するにあたってだ。ついでにそこで、さっきから茫然を浮かべてる婚約者候補様との比較も込めた、プレゼンを披露してやろう」

「プ、プレゼン……」


 呟いてから、リプカはクインへ鋭い視線を向けた。


「冗談でも、クララ様を悪く言わないでください」

「――今だけだ」

「……え?」

「断言する、お前が私よりその女を庇うのは、私がお前に提示を披露する、その間だけだ」

「…………」


 当然納得しないながらも、いまは何を言っても無駄だと悟り、リプカは一端口を噤んだ。

 クインは勝気に笑い――語り始めた。


  

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