第二十三話:魔法

「んじゃお客さん、今日はどんなカンジに仕上げましょー?」

「できるだけ、しっかりとして見られるような……そんな感じで、あの、お願いします……!」

「あいあーい、大人なカンジでー!」


 朝食を済ませ部屋に戻ると、さっそくリプカに施すスタイリングが始まった。


 リプカは椅子に座りながら、緊張の面持ちで鏡と向かい合っている。アズは両手で挟むように固定して、鏡に映るリプカの顔をじっと見つめてから、自前の化粧道具をてきぱきと手に取り、下準備を整え始めた。


 ――朝食の席では、朝方の食事にも関わらず、いまも二人の後ろで未だ眠るクインと、リプカたちの両親を除く全員が揃った。


 衆目の中見せる、フランシスの寝ぼけまなこが印象的だった。


 ……実は早朝、アズには結局フランシスの元を訪れなかったと伝えたけれど、実際はビビが計らってくれた相談事の後に、彼女の元にも窺っていた。

 フランシスは良く眠っていた。


「彼女はいま眠っているので、もしかしたら後にしたほうがいいかもしれない」とビビに言われたときは、失礼ながら半信半疑だったが、窺ってみると実際、フランシスは寝相もぞんざいに眠っていた。

「お、お薬を盛ったり、しましたか……?」

「失礼だなお前」


 ついいらぬことを口走ってしまったが、それくらい珍しい光景だった。

 ビビとフランシス、初対面の二人であるはずなのに。――案外、この二人は相性がいいのかもしれない、そんなことを思った。


 あとは、アズがウィザ連合の惣菜スープを中心とした朝食をとても楽しんでくれたことが嬉しかったり、向かいの席に座ったセラと少しお話したり、ティアドラの食事量に目を見張ったりしたが、他に特別変わったことはなかった。


「胸を張る」

「は、はいっ」

「ちょっと目を瞑ってー。そうそう、ちょっとそのまま……目パチクリして」

「はい」

「――ウシッ。次はお洋服、そのあと髪の本格的なセット。ハイ立ってー」

「はいっ」


 信頼を見せて、なるがままに身を任せるリプカへ、アズは真剣な面持ちで向かい合っていた。


 支度は半刻以上の時間続いた。


 そして――。


「ん。んん。――オッケー! はい、完成っ!」

「――――……!」


 ――鏡の前に、見違えた姿があった。


「どう? どうっ?」

「…………」


 リプカはアズの問い掛けには答えず――その問い掛けが耳に入ってもいない様子で、口を半開きにしながら、静かに、全身鏡へと近寄った。


「…………」


 鏡面に手を当てる。まるで、鏡に映ったそれが、トリックであることを疑うように、またその姿が現実であることを確かめるように。


 ――落ち着いた色合いの、明るいベージュのドレスに身を包んでいた。

 決して派手ではないが、品の良さを醸し出しながら、令嬢の、社交から外れた私的感を強く感じさせる。


 髪は綺麗に編み込まれ整えられていたが、ただ形良く整えるばかりでなく、そこにリプカらしさをしっかりと残しているのが絶妙であった。余裕を感じさせる印象を表現しながらも、ワンポイントの美しい髪飾りが見事に、全体の輪郭をはっきりと際立てている。


 メイクはしっかり施されていたが、服装と髪形のイメージ、余裕を残したフィーリングのおかげでキツい印象はなく、むしろ全体で見れば、どうしてかメイクすらも、ごく柔らかな印象に映り、自然体で映えていた。


 よわい十歳にも満たない幼児のような女の姿はどこにも無く、そこにあるのは、背は低いが大人の慎みを備えた、相応の無邪気すら色気に感じさせる女性の姿だった。


「…………これが、私……」


 鏡を見つめながら茫然と呟いたリプカの背に、アズはそっと手を添えた。


「――ん、自然に背が伸びてる! 準備は万端だねっ」

「アズ様、アズ様……。――――ありがとう」

「決めてこいっ!」


 自然と伸びたリプカの背が、パスンと叩かれた。



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