晩餐会を終えて・2

 無言の時間が長く続くと、リプカもようやく、アズの様子がおかしいことに気付いた。


 あの太陽のように明るい彼女であれば、リプカの自室に着く間も楽しげなお喋りを向けてくれたはずだが――彼女はずっと、無言だった。


 そわそわとアズを窺いながらも、何かあるのかとリプカも黙って自室へ案内していたのだが――。

 リプカの自室の前辺りで、突然アズは脱力したように、床にへたり込んでしまった。


「ア、アズ様!? だ、大丈夫ですか?」

「は、はは……こ、ここまで我慢してたけど……な、なんか、膝が笑っちゃって……」


 具合の優れない顔色で、やせ我慢の笑みを浮かべながらリプカを見上げるアズは憔悴していた。


 リプカは慌てて肩を貸したが、身長差があるので若干引き摺るようになってしまう。それを認めると迷いなく、フワリと簡単に彼女の身体を持ち上げて、両の腕で抱きかかえた。


「お、ウオ――!? うぉ、ウソ……?」


 あまりに軽々持ち上げられたこともそうだが……リプカの腕に身体が沈み込む感触が、なぜか僅かも無く、まるで浮遊するような感覚に包まれて。

 その妙な膂力の成せる技に驚くアズを、リプカは速やかに自室へ運び込んだ。


「ご、ごめんごめん……。見苦しいとこ見せちゃった。正直……もう限界だったかも……」


 椅子に座らせてもらうと、アズは憔悴しきった様子で項垂れた。


「ベ、ベッドに横になったほうが楽でしょうか……?」

「だ、ダイジョブ、ダイジョブ。アリガト……」


 アズは一息つくと、また苦笑いに似た笑みを浮かべて、心身を弱らせた原因であるその弱音を吐いた。


「リ、リプカちゃん、よく平気だったね……。私、ティアドラさんのあの、ものすごい圧にやられちゃって……。正直ずっと、膝が笑ってた……」

「あ、ああ……」


 ティアドラの、あの絶望と同じ色の圧倒――。

 生物的な慄き、根源を揺さぶる威圧。

 それを直接向けられていたわけではないアズにさえ、心に深刻な傷を負わせた、あまりにも強大な意思の塊――。


「チョ、チョーマジ怖カッタ……。正直、フランシス様よりずっと、ティアドラさんのほうが怖かった……。立ち上がって逃げ出そうかと本気で考えちゃったもん……」

「確かに、凄い圧でしたね」


 頷きながら、リプカは少しでも楽になるようにと、アズの手を握っていた。――水の入ったコップを持ってくるとか、濡らしたタオルでも差し出したほうが絶対に良い状況だったが、ここが彼女のどんくささだった。

 それでも楽になるものがあるのか、アズはようやっと自然な微笑みを浮かべた。


「アリガト、リプカちゃん。だいぶ楽になったよ! ――はあ、ミスティちゃん、大丈夫かな……?」

「彼女も辛そうでしたね……」

「逆に、どうして他のヒトタチがいたって冷静だったのかが分からない……。……ねえリプカちゃん、強いって、あんなに存在感のあるものなんだね……」


 彼女を中心に、世界が廻っているような感覚があった――。

 呟き、もう一つ、長い息を吐き出した。


「――ヨシ、復活っ! ゴメン、心配かけた! もう大丈夫だからっ!」

「よかった……。――あ、そうだ、お、お茶……!」


 なにせ客人を招き入れることなど初めてなので勝手が分からないまま、あたふたとあれこれを考えながら、慌てた。

 不器用な不手際を晒してしまったが、そんなリプカに、アズは自然な笑みを向けてくれた。


「あんまり気にしなくてもいいよぅ。あ、でもそだね、話し合うときお茶があったほうが楽しいかも! 私もやるっ! お茶を淹れる腕にはチョット自信あるから。勝手に触っちゃって大丈夫?」

「あ、ええ。――いえ、あの、こういうときは私が……!」


 なにかの本で読んだ知識が過り、慌てたリプカだったが、アズは快活に笑ってリプカの隣に立った。


「私がやりたいの! リプカちゃんと一緒に準備したほうが、絶対楽しい! こういう、友達と何かする時間が一番楽しいんだよねえ……」

「そ、それじゃあ、こちらの――」


 己のあまりの不甲斐なさに恥を覚えて顔を火照らせたリプカだったが、アズが威勢良く腕まくりしてあれやこれやを楽しそうに始めると――次第にその表情は、笑顔に変わっていった。


 

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