第十八話:それぞれの事情・2~序~
「んー、やっぱり……エレアニカ連合の王子様が、晩餐会に参加していなかったって点が鍵だとは思うんだケド……」
お茶を用意して席に着き、少しの歓談を挟んでから、雑談調子であれこれ質問を投げかけていたアズは、眉をハの字で寄せて唇を尖らせながら唸った。
質問の内容は、『リプカから見たフランシスの人物像』という趣旨で一貫していた。足りない情報をパズルに加えて精査し、再度推察を組み立てようと試みたようだったが――結局、堂々巡りのような模索に陥ってしまったようだ。
「んー、わからん。――私からの質問は、このくらい。リプカちゃんは、私に何か聞きたいこととかある? 遠慮せず聞いてね!」
「あの、その前に……」
悩むアズを前に、気まずげに身を捩っていたリプカは――そこでついに耐えきれなくなって、口を開いた。
「私にも、一応の考えがあるのです……」
「おお、リプカちゃん視点の推察! 聞きたい、ケド……無理に言わなくてもダイジョブだからねっ?」
「い、言わせてください」
「な、なんか複雑な事情がありそうだ……」
「実は――」
苦笑を浮かべるアズに、リプカは自分の推察を語った。
祈りの国エレアニカ連合、クララ・ルミナレイ・セラフィアから、告白を受けたこと。
フランシス曰く、彼女は間違いなく本気であること。
そしてクララとの婚約をより早く、円滑に成就させるために、フランシスはあのような態度を取ったのだと考えたこと。
語り終えると――アズは口を半開きにした呆け顔で、放心状態の置物になってしまった。
「――も、申し訳ございませんッ! 他の王子方に失礼の過ぎる考えで……それに、あくまで私の推察でして……!」
「――――イ、イヤイヤ。そういうことじゃなくって……!」
アズはまん丸に開いた目、驚きの色が混じった笑顔を浮かべて表情を取り戻すと、頬を上気させて、かっ開いた瞳を輝かせた。
「え――エエッ!? そ、そそ、それって……マジでマジの、愛の告白じゃん……ッ!」
「愛……!? え――ええ、光栄なことに……はい、どうやら……」
なにやらをごにょごにょと言うリプカに、額がくっ付きそうなほど顔を寄せると、仰け反るリプカに、アズは熱のこもった視線を向けた。
「リプカちゃん――詳しく! ――ていうか、それはもう、『末永くお幸せに』の、決定的なヤツじゃん!」
「いえ、あの……この縁談は、なにかと難しい問題を孕んでいるようでして……個人の一存でお相手を安易に決めることは、お国同士で争いが起きる恐れがあると……」
「あー、確かに、その可能性も……。――うん?」
「どうしまして?」
「ん、いや、なんでも……。…………。――でもそっかぁ、すぐに結ばれて万々歳ってわけにはいかないのかぁ……」
「ええ……そうなんです」
頷き、赤面したリプカを見ると、アズは「うおぉお……!」と唸りながら身悶えした。
「もう覚悟は決まってる感じじゃん……! ――あのさ、告白の言葉はどんな感じだったの? よければ教えて!」
「よければ」と言いながらも、ずずいと独特な圧を纏い、顔を寄せてきた、ほとんど問答無用な様子のアズに、リプカはおずおずと口下手に、そのとき起こった奇跡――彼女の微笑みの表情、手渡してくれた温かさ、窓から射し込んでいた光の角度という些細でさえ鮮やかに思い出しながら、訥々と語った。
「――そして、彼女は言いました」
赤らめた頬の熱から気を反らそうとするように目を瞑りながら、一言一句も忘れるはずない告白の言葉を、今はかいつまんで、自らで口にした。
「『私は今、貴方様のことを心から愛しています。――私は貴方様と、悠久、一緒の道を歩みたい。どうか私との婚約を真剣に考えては頂けないでしょうか……?』――と」
「~~~~~~~~ッ!!」
告白の言葉を聞いたアズは、これでもかというほど身を捩りに捩り――。
「~~~~~言われてぇ~ッ!」
羨望の表情を浮かべて宙を見つめながら、腹の底から振り絞った声を上げた。
リプカは、頬を灼熱の色に染めて俯き、もじもじと身悶えした。
「それでリプカちゃん、返事は!?」
「あ……その前に、クララ様が席をお立ちになって。お返事は、まだ……」
「ンがッ! ――でももう確定じゃん! リプカちゃんも、受け入れるつもりはあるんでしょ?」
「――はい」
リプカは静かに頷いた。
「私はクララ様の好意を、受け入れたいと思っています」
はっきりと言って、瞳に、星の光を宿した。
「二度とない奇跡を、未来として、実現させたい……」
その心のこもった言葉を聞くと、アズは表情を和らげ、「そっかぁ……」と感慨深く呟いた。
「じゃあ、その未来が成就するように、しっかり軌跡を描かないとね」
「はい……」
「あーあ、リプカちゃんにこんなこと言うのもアレだけどさぁ、もしリプカ様が素敵な王子様だったら、私にも浮いた話があったのにさぁ」
「アズ様が王子に選ばれたのは、フランシスの企みとは無関係だったのでしょうか……?」
「無関係だねぇ。私たち全員がリプカちゃんのこと男だと思ってたし……」
「パレミアヴァルカ連合は、ウィザ連合からは遠いですものね。それに、自分でこんなことを言うのもおかしいですが、私だって、私の噂とやらを聞いたら、殿方だと信じて疑わなかったかも……」
「武勇伝がイケメンすぎるんだってば、リプカちゃんは」
――それからは歓談の時間になった。
友人との、他愛もない会話――憧れを抱いていたその実現に、リプカは一生懸命になりながらも、本当に楽しく、その一時を過ごした。
「――うお、気付けば夜更けじゃん! そろそろ寝よっかぁ」
「そうですね。ええと……私は床で寝るので――」
「いやなんでなんで!? 床で寝るとしたら私だよっ。――気にならないなら、ベッドで一緒に眠る?」
「えと、ぇと……」
「――もしかして、クララちゃんに不誠実なんじゃないか、とか考えてる?」
「ハイ、あの……気にし過ぎでしょうか……? 自分でもよく分からないのですが……」
「クソー、見せつけてくるー……! ――今日だけ一緒に眠ろう、友達だし問題ないよ。でもじゃあ、一応ちょっと離れて眠ろっかー」
「はい。ありがとうございます、アズ様」
「お礼を言われることじゃあないよ。んじゃ寝よっか。おやすみ、リプカちゃん」
「おやすみなさい、アズ様」
リプカがとてとてと走り回り、照明の火を消すと――部屋は月明かりの射し込む、程良い暗がりに包まれた。
夜更け。
その静まりは一日の中で最も、益体もないことを考えるのに適した時間である。
自身の本音と静かに向き合える、必要ではないが、貴重な時間。
六人の王子たちもまた、その薄闇の中で、様々を思い巡らせていた――。
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