第十七話:晩餐会を終えて・1

 議論百出の様相を呈した晩餐会は、フランシスが戻ってすぐにお開きとなった。


 食卓へ戻ったフランシスは人が変わったように、独特の圧はあれど品格を備えた、丁寧な物腰で客人に接していた。――もはや白々しくも映る態度に、晩餐会に参加した面々は再度、晩餐会と称し画策された、何らかの企てを確信した。


「それではこのへんで。ささやかながら開かせて頂きました晩餐会ですが、歓談が進んだようでなによりでございました。さて、お客人には、お部屋をご用意させて頂きましたので、本日はどうぞ、そちらでお休みになられますように。催しへのご参加、感謝致します。では」


 言うと、フランシスは立ち上がり、食卓の場を後にした。


 一番に立ち上がったのはビビだった。他の面々に特に声をかけることもなく、すたすたとどこかへ消えてしまった。


「ウィザ連合の、貴族様の客人部屋ねぇ。ちょっと興味あるな」


 ティアドラはのんびり調子に言うと、フランシスと入れ替わるように現れた使用人に声をかけ、席を立った。


「では、ミスティア、行こうか。私と同じ部屋でいいかい?」

「もちろんです、お兄様」


 セラは頷き立ち上がると、リプカの元へ歩み寄り、見惚れるほど綺麗な所作ですっと頭を下げた。


「では、リプカ様、一宿のご厚意に甘えさせていただきます」

「は、はい。ど、どうぞ、ごゆっくり」

「ありがとうございます。おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」


 リプカに柔らかな笑顔を向けて、アズナメルトゥと二三、儀礼的な会話を挟んでおやすみの挨拶を交わすと、「では、お願いできますか?」と丁寧な言葉遣いで使用人へ声をかけた。

 ――その、セラの隣で。


「おやすみなさい、リプカ様。アズ様」


 明らかな疲弊の色を浮かべながらも、気丈を崩さぬ芯の強さを示しながら、ミスティアも頭を下げた。


「おやすみなさい……」


 心配と気の毒を感じながら、挨拶を返す。

 思えば、彼女はとんだ飛び火の禍に遭ったものである。魔境に足を踏み入れてしまった、呪いとは無縁の少女のようなものだ。


「パパは? ――エー、先に帰っちゃったの!? …………いや、そうか、うーん……。分かったぁ……」


 唯一、エルゴール家の者ではなく自分の家の使用人が付いていたアズは、明るい茶の混じる髪を綺麗に纏めた小麦肌の女性といくつか応答すると、難しい顔で首を傾げた。


「ど、どうしました?」

「ん、うーん、ちょい考え事……。――ねえ、リプカちゃん」

「は、はい、なんでしょう?」

「今日、リプカちゃんのお部屋にお邪魔してもいい? 一緒にお泊まりしたい」

「わ、私の……? 構いませんが……さして特別なものがあるわけではないので、お楽しみいただけるかどうか……」

「んー、リプカちゃんとお話したいっていうのが一番なんだ。今日のことで色々、リプカちゃんの意見を窺いたいの」

「私の……。わ、分かりました」

「やたっ!」


 アズは笑顔を浮かべると、立ち上がった。


「それじゃあ行こっか!」

「は、はい!」


 リプカも立ち上がり、二人並んで食卓の広間を後にして、歩き出したが――アズの顔色が若干優れないことには、リプカは気付けなかった。



 こうして、比較的ハードな様相を呈した晩餐会は終わった。

 各々それぞれの思いを抱いたまま、様々な事情が複雑に交錯する、婚約騒動、激動の一日目が――終わらなかった。


 むしろこれから――静まりが訪れるはずの帳降りた今夜を契機に、婚約騒動における壮絶なハチャメチャの一歩が始まろうとしていたのだった……。


 


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