地獄の晩餐会・1-2

「あ?」


 フランシスが顔を顰めてクインを見やると、クインはビクリと身を跳ねさせ、そして、震える声を上げた。


「もうやめてくれ……」

「は?」

「お前ら、お前ら……もうどうあっても、私を許すつもりなんて、ないんだろう……?」


 ぐきゅ、ふぎゅっ……。

 まるで小さな子供が泣くような嗚咽をあげながら、クインはぽたぽたと床に、瞳から溢れた滴を落とした。

 フランシスは本気で分からぬという表情で、ぽかんと、そんなクインを見やっていた。


 止まらぬ嗚咽で途切れがちになった声で、クインは一生懸命に言葉を紡いだ。


「私だっ……私だっ、て、それにっ、従おうと、したさ……。身を焼かれるような、腸が煮えくりかえる悔しさを、かみゅ、噛み殺して……ま、待った。けど――そしたら――」



「そしたら、お前の姉が――」



 フランシスを含める他の六名は、なんのことだか分からず、内心で首を傾げた。

 が――。

 ただ一人、当事者であるところの、件の姉は――。


(あ――)



『そこでなにをしているのですか? ……クイン様』


 木立の隙間に挟まるようにして、彼女は身を隠していた。

 隠す気もなく近付く足音に振り向いた彼女は、足音の主の姿を認めると、牙をむくように表情を険しくした。

 そんな彼女に、リプカは――。


『クイン様。確認致しますが、貴方様がここにいたのは、あともう僅かでここを訪れるであろうフランシスを待ち伏せし、害意を及ぼすため――などではありませんよね?』

『――――ち、違う! 違う……!』

『ならよかったです。私の勘違いでした、ごめんなさい。――そう、しかし、今は国政的な理由の心配は、どうか捨ててください。私が貴方を許さないという、そのたった一つの事実にどうか注視してください。――失礼致しました。また来ます』


 ――人知を超えた暴力の圧によって彼女を恫喝し…………。




(――――アあああああああアアアアア!!)




 内心で絶叫を上げるリプカ。


(あのときの……あのときの、あれは――ッ!)


「もうやめてくれ……。なんで、なんでこんな酷い目に合わなくちゃいけないんだ……。レヴァロドルマ領域がオルエヴィアの中枢であったはずなのに……どうして、私たちディストウォール領域の者が……全てを……。お前たちにも、いたぶるように虐められて……なんだよぅ、これぇ……。なんで、なんでぇ……」


(うわああああああああああ! アアアアアアアアアアアア!)


 ぼろぼろと涙を流すクインを目の前に。

 リプカは髪をみょんみょん散らせて、呆けた表情で宙を見つめながら、内心では頭を掴み激しくヘッドバンキングしていた。


 やらかし。

 自己評価の好感度すら急落する、最低のやらかし。

 フランシスの本気の圧に晒されることを不憫に思い、多少なりともそれを収めようと備える姿勢を取っていたが。

 蓋を開ければ、悪魔は自身であった。


 まるで喜劇。頭の中では大地を賛美する歌のように美しい旋律の、自身の愚かを称える罵りの歌唱が響き始めていた。



 〽まず見よ、己のその懐を。

 そこに道化の意味はある。

 愚かな者よ、省みよ、過去を。阿呆よ。

 嗚呼リプカ、道化よ、愚かの化身よ。



「お前ら……子子孫孫まで呪われろ……。レヴァロドルマ領域の恥知らず共も残らず……うっく……呪われてしまえ……。ふっ、ぎッ、んく……。許さない……」


(をおオオオオオオオオオオオ)


 まあ、あとから振り返れば、これは


 見てられない内心を拭い捨てて。

 真っ青な顔でガタリと椅子を鳴らし立ち上がり、驚く他の者に気を回す余裕もなく、リプカは周章狼狽のていで、ぐちゃぐちゃの表情で呪詛を呟くクインのほうへ走り寄ったのだった。


「ク、クイン様。ど、どど……」


 言葉が上手く出てこず、自然と震える手で取ったハンカチーフでクインの涙を拭ったりなどしながら、リプカは過呼吸を繰り返した。


 クインは濁った瞳でそんなリプカを見つめて、口端だけで死人のような笑みの形を作った。


「……なんだ? 優しいな、姉君。そうやって虚仮こけにするのは楽しいか? それとも、さすがに哀れになったか。ハ、笑え。自分の手で、切り開いた先の報いを与えることのできなかった、何の意味もない呪詛を呟くしかない、こんな女を……」

「ちが、チガっ……」


 心内で絶叫し続けながら、リプカも目の端に涙を浮かべて、ふるふると首を振った。


「どしたの? お姉さま」


 フランシスの、場にそぐわない軽い調子な問い掛けに、リプカはギギギと鈍く首をそちらに回した。


「あの、私、勘違いを……! フランシス、クイン様はあなたを待っていたの……。けれど、わ、私が、とんでもない勘違いで引き留めてしまって……ッ」

「あー」


 それで全てを理解したのか、フランシスは納得顔で頷いた。


「か――勘違い?」


 対してクインは、呆けた声で呟き、茫然の顔をリプカに向けた。


「は……?」

「そ、その、その――本気で、フランシスに害意を向けようとしている可能性を憂慮した、あれは、とんでもない早計でしたの……。も、申し訳ございませんッ!」


 ガバチョ、と頭を下げるリプカを、クインは変わらぬ茫然の表情で見つめて。

 ゆっくり、視線をフランシスのほうへ向けた。


 フランシスは、にっぱりとした笑顔を浮かべて。

 明るい声色で、クインへ告げた。


「だって。あー、そういうことだったかー。まーでも人質同然の軟禁状態にありながら、勘違いされる行動を取った貴方が悪いね。考えが足りなかったね。あ、貴方を国へ戻すための意向を書き記した書状は、否定の否で送っちゃったから。白紙の白紙。まー実は、最初から貴方の酌量余地は望めそうになかったから、変わんない変わんない。まあそういうことだから」


 それを聞いたクインは。


 一つ、瞬きをした後。


 目を開いたままゆっくりと、硬直して後ろ向きに倒れた。


 

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