第十五話:地獄の晩餐会・1-1


『観察の最も簡単なことは、探り合いを促すこと。』


◇---------------------------


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


「あ、あーっ、お料理、美味しいっ! ね!」

「ええ、とても。こういった香草を使用しない肉料理は、アリアメル方面では珍しいのですが――食べてみるものですね。美味しいです」

「ウィザ連合の料理にも興味湧いてきた! 要所要所が独特でオモシロイな! ビビちゃんはどの料理が印象に残った?」

「私はこの香草のスープがどうにも舌に合わなかった」

「でゅぇ!? ――そ、そっか……」

「確かにこの香草のスープは、舌触りからして独特ですね。あくまで習慣的な好みの問題で、合わない場合もあるかもしれません」

「そ、そぅだねぇ……。……ク、クインちゃんはー……」

「………………………………」

「ぁう……うぅ、と……」


「…………」

「…………」


「お、お料理、美味し……」

「ええ、とても……」


「…………」

「…………」


 カチャリ、カチャリ……。


 食器が立てる音が虚しく響く。会話を主導して盛り上げようと頑張っていたアズも、今やガックシと俯き、ただ食事を口に運んでいた。


 大勢で食卓を囲むと楽しいし、食事も美味しく頂ける。

 そんな話を噂じみた伝聞として耳に挟んだことのあるリプカだったが――今日このとき、初めてその機会に恵まれて感じたことは、『地獄のよう』だった。


 席にはフランシス、ミスティアを含めて、七人が食卓を囲んでいる。


 始まる前は、所用があっての離席でクララが参加しないことを残念に思っていたリプカだったが、この沈黙に満ちた恐怖の食卓、その有り様を目にすると、むしろそれは、せめてもの幸いであるように思えた。


 とてもじゃないが晩餐会とは呼べぬ凍りついた食卓には、必死で場を明るくしようとするアズの喋りと、あくまで冷静を失わないセラの、的確な受け答えだけがあった。


 他の面々は、基本、無言。


 ビビはこんな場でも我関せずと、マイペースに食事を進めている。

 ティアドラは興味深げに、食卓の面々を観察していた。

 ミスティアは、場の空気にすっかり恐怖し、セラの隣で縮こまっている。


 そして、この地獄のような、重い沈黙の元凶――。


「……………………」


 ――クインは、死んだように光彩の失せた瞳で空虚を見つめながら、葬儀でも浮かべぬであろう闇を纏って、静かに、機械的に、食事を進めていた。


 周りの全方位に、オマエラシネ、という念が内包された負を発散している。それは敵意ですらない、ただ世を憎む、純粋な怨念。諦観と憎悪――最後の晩餐を迎えるかのような表情で、席に付いていた。


 そんなクインを。

 身も凍るような微笑を浮かべて観察するフランシス。


 どうして、底知れぬ者が浮かべる微笑には、神を目前にしたが如きの耐え難い恐怖が宿るのか――ミスティアが怯えている理由の大半が、【鬼女】と呼ばれた女が浮かべるその、人を圧殺する冷笑にあった。


 ギブ。

 隣でアズが小さくそう呟くのを、リプカは聞いた。


 この子がこの表情をする以上、


 早々にこの食事会を諦めていたリプカは、地獄の空気感が張り詰める場へ皆を招待してしまったことに、申し訳ない気持ちになった。

 ただ、今後に意味を創るなにかしらが始まろうとしていることを感じ取っていた閻魔女帝の姉は、適当に食事を勧めながら、いまは冷静を備えた表情でフランシスの出かたを窺っていた。


「――さて」


 ――ついに、フランシスが声を上げた。


 クインの身が小さくビクリと跳ねたのをリプカは見た。


「クイン。クイン・オルエヴィア・ディストウォール」


 フランシスは、話に勿体を付けることはせず、ただ端的に本題を挙げて言及に入った。



「お前、なぜ私の前に現れなかった?」



「「「「「「…………?」」」」」」


 その問い掛けの意味を測りかね、他の六名は内心で首を傾げたが――。

 クインだけは、手にぎゅっと力を込め、腹立たしさの感情も混じる、苦渋に満ちた表情を浮かべた。


(………? なぜ私の前に現れなかったのか……?)


 考えてみたが、やはりリプカにも、その意味は分からない。

 なんの話だろうか?


 フランシスは拳を握り締めるクインへ「はっ」と蔑むような笑みを向け、続きを語った。


「もはや瓦解の一途を辿りつつあるオルエヴィア連合。その敗戦の責を擦り付けられたディストウォール領域。そしてディストウォール領域の反乱を恐れた残党が、縁談にかこつけ、人質としてお前をここに寄こした。わざわざ私が、それについての話をつけにオルエヴィア連合まで出向いたというのに、お前はそれを無下にしようというのか……? 正常な判断さえ失ったか? 国に戻りたくないというのなら話は別だが」


 ひゅっと、クインの口から息が漏れた。同時に、白みを帯び血管が浮くほど、拳に更なる力が加わる。


 リプカはハッとした。フランシスの言っていた、あのときは意味の解せなかったこと――。



『まあ、オルエヴィア連合が国の人質として、勝手に寄こしてきただけだけれど』



(そういう……意味だったのね)


 あんまりだと思ったのか、それとも他に思惑があったのか――おそらく、いや間違いなく後者だろう――フランシス自身が、それをどうにかするため、オルエヴィア連合に渡って話をつけに行っていたということのようだ。


 それはクインにとっても、悔しさはあろうが、利になる話であったはず。

 彼女はなぜ、フランシスの指示に従わなかったのか……? 悔しさが勝った?



 …………いや、待って――。



 リプカの頭に、天啓のような予感が落ちようとしていた……。



 待って。

 あれ……?

 待つって――。

 待つ。

 待ってた……。



 その天啓がはっきりとした形を結ぶ、その前に。

 食卓に響く、地獄のように低い声があった。


「ふざけるな……」


 その低い声に、フランシスは恐ろしく冷徹な表情そのままに、首を傾げた。


「ふざけるな? やはり、くだらぬ悔しさが勝ったということか?」


 その罵りを聞いて、クインは堪え切れぬ怒りに震えたが――やがて、握り締めた拳をも脱力して、俯いた。


「どうした?」


 フランシスが問うても、答えは返ってこない。

 食卓に、再び沈黙が広まった。


 そして――フランシスがため息をついた、そのときである。


 小さな連続した息遣いが、無言の間に響き出した。


 よく聞けばそれは――嗚咽の音であった。


  

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