第十四話:それぞれの事情

 話は、リプカの元へつどった六人の婚約者候補が各々抱える、それぞれの事情についての詳説へ移行した。


 世界を収めるほどの視野によって解釈された、フランシス個人の知見、その内実。リプカにとってこれ以上なく信頼のおける――真実の内訳ともいうべき参考意見である。


「まずねー、エレアニカ連合セラフィア領域の娘、クララ、だっけ? 彼女、ガチだから」


 だらしない格好で紅茶を飲みながら、フランシスはのんべんだらりとした態度のままに、特に感情を強調するでもない、ただの世間話のような口調でそう切り出した。


 リプカは目を見開き、どきまぎに押されて息を上気させながら、鼓動する胸をおさえた。


「そ、そう……」


 口にした声は震えている。


 ――真実の内訳と表現してもいい、参考意見。

 心の底から嬉しく思い、思わず未来を想像してしまったほど浮かれていたとはいえ――どこかでは、その唐突な奇跡に対する疑心もあったのだろう。


 都合の良すぎる奇跡であると、心の片隅では。

 私なんかに……。


 その疑心が溶けたとき芽吹いたのは、雪解けを待ち、歓喜と共に背を伸ばす若草のような、力強く青々しい感情だった。


「もうほんとしつこかったかんね。実はさあ、縁談禁止令を解いた理由の大半も、あの女にあるんだよね」

「――え?」

「ぜひ、リプカ様との縁談の許しを、つって、何度も頭下げてきてさあ。何回あったっけ、途中で私マジギレ一歩手前までいったかんね」


 暴君じみた口調とは裏腹に、フランシスの表情は穏やかだった。


「そしたら、どうしてお姉さまを好きになったか、とか、私は如何にリプカ様を愛するか、とか、滔々と膝を折りながら熱弁してきて。プチギレとうんざりを通り越して納得してきちゃって。目を見ても本気だったし……そのうち、さ。……まあ、そんな感じ」

「……そう。そうだったの」


 瞳に涙を浮かして――リプカは俯きながら、呟いた。


(……。…………。……………………)

(私を、好いてくれる人がいた)


 クララを想いながら、リプカは頬を伝いそうになった滴を拭った。

 そんなリプカをちらと見て――フランシスは、一瞬だけ寂しそうな表情を浮かべた。


「まあ後は、はっきり言ってお国の事情ね」


 瞬間で表情を戻して、フランシスは話を続けた。


「アルファミーナ連合の目的は、婚約とは別にある。お姉さまにというよりも、私に用があるみたい。――パレミアヴァルカ連合は、まあ他が出るなら一応って感じ。あの国は余裕ね、さすがに金のある国はグレードが違うわ。他の国とは一線を画してる。――アリアメル連合は、あわよくば婚約を結ばせたい、って感じ。王子本人がどう思っているのかはちょっと分からない。ちなみに私はあの王子、あんまり好みじゃなかった。――で、戦鬼の国イグニュス連合。ここは、ちょっと何考えてるのか分からない。いや分かるけれど分かりたくもない」


 一通り内訳を開示すると、椅子を二本脚で立たせギッコギッコと戯れに倒しながら、フランシスはリプカに、上向きにした手のひらを向けた。


「さ、ご質問をどうぞー」

「そうね、まず……アルファミーナ連合の目的は、婚約とは別にある、というのは?」

「私の性格の見極め。科学の推進を阻害するような人間であると判断されれば、あの国は私に対して排斥に近い態度を向けるでしょうね」

「なるほど……」


 あのときの、ビビの語りを思い出す。



『部屋を物色していたのには理由がある。私たちは、神やら政治やらが理由で科学の前進を止める心性愚かな連中とは絶対に仲良くなれない。一丸となって唾棄すべし――アルファミーナ連合唯一の掟だ』



 私を通し、フランシスの人柄を見極めようというのだろうか。

 リプカはとりあえず、フランシスの言うところを理解した。


「あとはまあ、私が科学に対して肯定的だった場合の、繋ぎ役ってとこかしら。どこまでも科学本位だけれど、まあ一応ってことで縁談話にも手を回すだけの関心はあるはず」


 どうだろうか……。

 ビビの人柄を思い返しながら、リプカは内心、首を傾げた。


「アルファミーナ連合の事情は分かりました。次は、ええと……、イグニュス連合の、“何を考えているのか分からない、分かるけれど分かりたくもない”、というのは……?」

「あーね」


 フランシスはしかめっ面を浮かべながらに答えた。


「なんかね、お姉さまと闘いたいんだって」

「…………はい?」

「お姉さまと闘いたいんだって。本当にそれだけっぽい」


 髪をみょんとあちこちに散らした呆けの表情で聞き質したリプカへ、フランシスは二度にたび繰り返してその事実を告げた。

 表情そのままに、リプカは困惑した声を上げた。


「闘いたい、って。どうして……?」

「知らない、知りたくもない。『貴方とも戦争してみたかったですねえ!』なんてことを、私の手を取りながら満面のキラキラ笑顔で口にする連中のことなんて知んない」

「…………」


 リプカは硬直した後、天を仰いだ。

 世の中には、本当に色々な人がいるようだ。


『私に勝てたら、結婚でもなんでもしてやるよ』


(……なるほど)


 あのときの言葉を思い返しながら、ようやっとティアドラの態度に納得のいったリプカだった。


(いつか、闘う日が来るのでしょうか? できれば避けたいですが……)


「他はー?」


 フランシスの催促に、リプカはハッと意識を戻した。


 他に聞くべきこと。

 あと一つ。あと一つだけ、聞いておかなくてはいけないことがあった。


「オルエヴィア連合の王子は、なぜここに寄こされたのでしょう……?」

「ああ、彼女は人質として寄こされただけよ」


 リプカの問いに、フランシスはあっけらかんとした口調で答えた。

 予想通り――そう思ったリプカだったが、しかし、その予測は


「まあ、オルエヴィア連合が領域の人質として、勝手に寄こしてきただけだけれど」

「え……?」


 聞き違いをしたのかと思い、リプカは戸惑いの声を上げた。


 領域の人質として……?

 聞き違いではなかったと悟っても、その意味は理解できなかった。


「ど、どういうことです……?」

「んー、まあ……オルエヴィア連合のごたごた。その面倒くさい事情は、晩餐会で話題に上がるだろうから、そこで一緒に説明するとして――そうだ、晩餐会!」


 突然大きな声を出し、ガタンッと椅子を四つ足に戻すと、フランシスは楽しげな表情を浮かべて手を叩いた。


「晩餐会?」

「そう。今ここに居る王子たちを招いてのお食事会。そこでお話することがあるのよねぇ。楽しみね!」

「……そうね」


 リプカは、フランシスの語りに嫌な予感をはっきりと感じながら、おざなりな返事を返した。

 何故なら、フランシスの浮かべた楽しげな表情は――悪魔がその悪で人をいたぶるときに浮かべるような、邪悪に歪んだ笑みだったから。


「楽しみ、ね……」


 あのときのこと。またあのときのこと。

 私が最後に見たのは、ハーレヴァンに怒りを向けていたとき。


 フランシスがこの表情を浮かべたときに起こった過去の様々を思い返しながら――リプカは、途切れ途切れに呟いた。


 

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