第11話
私立南部病院。
212号室。
ベッドで寝ていた石田は病院の窓からボーっと外を眺めていた。
何もする気がおきず、一日中こうしていることも多かった。
すると外からサイレンが聞こえた。
音はだんだんこちらに近づいてくる。
「なんだ?」
石田は窓の外を見てみた。
1台のパトカーが病院に向かって来た。
「まさか……」
石田は刹那との約束を思い出した。
ひき逃げ犯を自分の前に連れてくるという約束を。
だが実際のところ、犯人を見つけるなんて無理だろうと諦めていた。
パトカーが病院の玄関前に止まった。
そして車から刹那が降りた。
「刹那じゃないか!?」
驚いていると、石田のスマホが鳴った。
相手は刹那だった。
「はい」
「石田、外まで出てこれるか。ちょっと中に入るわけにはいかないんだ」
「あ、ああ。わかった」
石田は松葉杖で身体を支えながら、急いで玄関に向かった。
玄関前に刹那が立っていた。
「刹那」と石田が言った。
「約束を守りにきた」
「えっ……まさか」
刹那がドアガラスを軽く叩いた。
「井上警部。お願いします」
「おらっ。出ろ」
井上が磯貝の腕を掴んで、車から降りた。
そして石田の前に突き出した。
「石田。これがお前をひき逃げした犯人だ」
「……!」
石田が息を呑んだ。
磯貝は、じっとうつむいていた。
石田の顔を見ようとはしなかった。
「おーっと。暴力はNGだぞ。良識ある警官として、暴力を見過ごすわけにはいかないからな」
さっきめちゃめちゃ暴力を仕掛けた当人がしれっと言った。
「こいつが……犯人……!」
石田は大きく目を見開いた。
みるみる石田の顔が強張っていった。
「お前のせいで。お前のせいでっ……!」
石田は、松葉杖をその場に放った。
そして拳を強く握った。
「お前のせいで、俺は俺は未来を失ったんだぞ!許せるわけないだろ!」
石田はもう自制が効かなかった。
拳で磯貝に殴りかかった。
「おいっ!暴力は駄目だと言っただろう」
井上が止めようとした。だがその言葉は石田の耳には入らなかった。
「うわあああ!」
石田の拳が振り下ろされる瞬間だった。
沙希が間に割って入った。
「石田くん、やめて!」
沙希は両手を大きく広げた。
「田岡。お前、コイツをかばうのか!?」
「違うよ!」
沙希の目は、痛い程真剣だった。
「ここで石田君が暴力を振るったら、今度は石田君が犯罪者になっちゃうよ。そんなの嫌だから……」
「……」
沙希は磯貝をかばったのではない。石田をかばったのだ。
「確かに石田君の脚は駄目になったかもしれない。でも未来はなくなってないよ。全然なくなってないよ」
「沙希ちゃんの言う通りだ」
刹那が石田の目をじっと見た。
「未来を変えられるのは―お前自身だ」
10秒ほど沈黙があった。
石田は2人の言葉を、自分の中でかみ締めた。
次第に険しかった顔が、穏やかなものへと戻った。
そして石田はゆっくりと拳を下ろした。
「……そうだな。お前達の言う通りだ」
石田はそれだけ言うと、すごすごと病院内に戻っていった。
「よし。もういいだろう。私達は署に戻る。おい新入り、磯貝を車に乗せろ」と井上が言った。
「はい」
井上達は車に乗った。
運転席の井上がドアウインドーを下げた。
そして刹那に向かって訊いた。
「少年。君の名前は?」
「刹那……久遠刹那だ」
「刹那、ね。覚えておこう」
新入りがひどく羨ましがった。
「あ、いいなあ。名前を覚えてもらって。井上警部、ついでに僕の名前……」
だがあっさりと新入りの願いは流された。
「よし。さっさと暑に戻るぞ」
「は、はいっ」
井上達は警察署に戻っていった。
「石田君。わかってくれたかな?」
不安そうに沙希は、刹那をみた。
やれるだけのことはやった。
後は石田自身の問題だった。
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