第9話
1年前、刹那の母親の礼子は亡くなった。
自殺だった。
宗一が時の探偵で遭遇した事件が原因だった。
ある大物政治家の汚職事件だった。
特定の業者に公共事業への便宜を図る代わりに、賄賂をもらったというものだった。
TVや雑誌、インターネット等、連日多くのメディアで放送され日本中の関心を集めた。
宗一は小さい事件では決しての時の移動の能力を使わなかった。
受けるの決まって、大きな事件だった。
警察の上層部、大企業のトップ、大物政治家からの依頼等を受けた。
それはすなわち裏で多額の現金が貰えるものだった。
もっともそれは久遠家の歴史にとって、正しかった。
過去に移動できる回数は限られている。
さらに時の移動には、大きな肉体への負荷がかかる。
久遠家を維持していくためには、1回で多額の報酬を得る必要があった。
久遠家は代々、その報酬によって家を維持してきたのだった。
汚職事件で宗一は知り合いの検察官から、事件の証拠を見つけるよう頼まれた。
依頼料として、1千万ものお金が積まれた。
金に目がない宗一は、喜んでその依頼を引き受けた。
宗一はすぐに過去へと向かった。
そして政治家と業者が、料亭で会食している場面を写真に収めた。
これで検察も宗一も、政治家が捕まるだろうと考えた。
だが事件は意外な方向に展開した。
写真が提出されると政治家は自分は関与しておらず、全て第一秘書がやったと主張し始めたのだ。
その結果、政治家の第一秘書が事件の被疑者として捕まった。
政治家が罪をまぬがれるために差し出した身代わりだった。
検察は悔しがったが、宗一としては誰が捕まろうが別に関係なかった。
時の探偵として捜査をし、報酬をもらえればそれでよかったのだ。
事件は解決した。
だがまだ終わったわけではなかった。
事件の後、捕まった第一秘書の妻と娘が久遠家にやってきたのだ。
時の探偵のことは極秘であったが、どこからか宗一が事件に関わったと聞いてきたのだろう。
妻は夫を返して、と涙ながらに訴えた。
悪いのは夫ではない、政治家なのだと。
だが宗一は、その話に全く取り合おうとはしなかった。
それどころか、逆に宗一はその家族を怒鳴り返した。
第一秘書の妻と娘は、泣く泣く久遠家を後にした。
その一部始終を礼子は見ていた。
礼子は潔癖な性格だった。また非常に正義感の強い人だった。
以前から宗一の金のためならなんでもやる、人を人とも思わない方針を嫌っていた。
この出来事が礼子の心を、深く傷つけた。
それ以来、礼子の様子がおかしくなった。
ふさぎ込むことが多くなり、口数のめっきり減った。夜も眠れないようだった。
心を落ち着かせるために、何錠もの薬を飲むようになった。
明らかにうつ病だった。
刹那と玲奈は、母親のことをひどく心配した。
宗一は気にするなとだけ言って、真剣に考えようとはしなかった。
そしてさらに決定的な出来事が起きた。
第一秘書の妻と娘が死んだのだ。
地元近くの海で、水死体となって発見された。
傍らには遺書も置かれていた。
内容は夫の無実を強く訴える抗議文が、便箋3枚に渡って書かれていた。
警察は心中と断定した。
2人が久遠家を訪れてから、3日後のことだった。
母親にとっては強すぎる衝撃だった。
それが最後の引き金となった。
それから1週間後。
礼子は2人の後を追うようにして、自宅の庭で自殺した。
その前日、刹那は礼子に言われていた。
あなたは正しく生きない、と。
その顔は美しく、凛々しかった。
母親の最後の言葉は、刹那の胸に鋭く突き刺さった。
礼子の死は、宗一にも大きな変化を与えた。
元々進行していた老化が、一気に加速した。
同時に、宗一の時を移動する力は失われた。
刹那は心の準備を整える間もなく、久遠家第24代目として時の探偵を受け継ぐことになった。
刹那は母の墓前に誓った。
時の探偵として金ではなく、自分が信じる正義のために行動することを。
それが亡き母に対しての、何よりの供養だと考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます