第6話
一週間が過ぎた。
まだ石田は学校に来ていなかった。
「石田くん、どうしたんんだろう?」
沙希と刹那はたまたま一緒に帰っていた。
「3日くらいで学校にこれるって言ってたのに」
「そうだな」
真子をはじめ、クラスメイトは皆心配していた。
片道2車線の、交通量の多い県道だった。
陽が落ち始めて、辺りは薄暗くなってきた。
道路を走っている車はヘッドライトが点灯していた。
「あれ?」
沙希が前方を指差した。
「どうした?」
「あそこにいるのって石田くんじゃない?」
「えっ?」
刹那が目をこらしてみた。
確かにそこにいたのは、石田だった。
交差点の前を、石田は松葉杖で歩いていた。
「石田君っ」
沙希は石田に声をかけた。
だが石田は沙希の方を見ようとしなかった。
うつむいて、重そうに身体を引きずっていた。
様子が変だった。
石田はふらふらと道路に出てきた。
そしてぽいっと松葉杖を放り投げた。
それからごろりと、道路に仰向けに寝転んだ。
「えっ。石田くん。何してるの!?」
何かにつまづいた訳でもない。
石田は自分から、そうしたのだ。
今は丁度、車の流れが止まっていた。
当然このまま車が来れば、石田はひかれてしまう。
「石田くん、どうしたの!?早く起き上がって!」
沙希が叫んだ。
だが石田は動こうとはしなかった。
「石田の奴、自殺するつもりか!?」と刹那が言った。
自殺!?
そんな、まさか……。
だが実際そうにしか見えない。
いけない。
なんとかして止めないと。
「石田君。早くそこから動いてっ!早くっ」
しかし声が聞こえているのかいないのか。
石田はそこから全く動こうとはしなかった。
「おい!石田!」
刹那も叫んだ。
だが同じことだった。
「強引にどかすしかない」
刹那が言った。
「そ、そうね」
2人は石田の元へ走った。
石田は2人の顔を見ても、無表情なままだった。
そして無理矢理引っ張った。
石田は抵抗することはなかった。
両腕をズルズルと引っ張って、歩道へ寄せた。
なんとか無事だった。
信号が青に変わった。
道路を何台もの車が走っていった。
あと一歩遅かったら……。
そう考えると、ゾッとした。
「余計なことを……」
石田がぼそりとつぶやいた。
「石田!何してるんだ」
刹那が怒って言った。
「どうしてこんなバカなことを」
「バカなこと?」
はははっと石田は笑った。そして暗い顔で言った。
「……聞いたんだ」
「えっ?何を?」
「医者が話しているのを聞いたんだよ。もう俺の脚は元に戻らないってな。俺はもう2度と走ることは出来ないんだよ!」
石田が叫んだ。
「そんな……」
沙希は手で顔を覆った。
「親も医者も看護師もあいつら皆で、俺の事を騙してやがったんだ!」
石田は拳を握り、アスファルトの地面をガンガン叩いた。
「くそっ!くそっ!くそっ!」
手からは血が流れた。
「あいつが!あのひき逃げ犯が俺の未来を奪ったんだ」
「だから自殺するっていうのか?」
刹那が厳しい顔で、言い放った。
「自殺するのは弱い人間だ!」
刹那が珍しく感情をあらわにして言った。
石田はうつむいた。
「走ることだけが生きがいだったのに、それを奪われちまった。もう意味なんかないんだよ。俺の唯一の望みは、犯人が捕まえることさ……」
「分かった」と刹那が言った。
「犯人が見つかれば、お前の生きる未来は見つかるんだな?」
「え?」
「今、そう言ったじゃないか」
刹那の言い方は石田を挑発していた。
石田は刹那をにらみつけた。
「ああ、そうだよ!犯人を捕まえることが出来たら、俺はまた未来を取り戻せるよ!」
「そうか」
刹那はうなずいた。
「なら僕が犯人を見つけてくるよ」
「お前が?」
「そうだ」
「どうやって?」
「どうやっても、だ」
刹那の目は真剣だった。
「だからそれまで生きるんだ」
刹那につられて沙希も言った。
「私も!私も久遠君に協力する。だから石田君。お願い。自殺したりしないで!」
「はは……ははははっ」
石田が笑った。
「やさしいな、お前達。そこまで言ってくれるなんてな。わかったよ。じゃあ1週間だけ待ってやるよ。それまでに犯人を見つけてくれば、俺も考え直すよ」
「分かった」
刹那がうなずいた。
「それじゃ石田、ひき逃げにあった正確な日にちと場所と時間を教えてくれるか」
「日にちは1週間前の木曜日。場所はこの一丁目交差点だ。時間は……6時15分から30分くらいだ」
石田は自分が事故にあった場所で、命を絶とうとしていたのだ。
そこへ病院の看護師さん達がやって来た。
病室から居なくなった石田を探しに来たのだ。
「あ、いた!」
「石田君、探したよ。一体どこに行ってたの?」
「あ、いや、それは……」
石田が口ごもった。
「さあ、病院に戻りましょう」
2人に付き添われて、石田は病院に戻っていった。
石田の姿が見えなくなったあと、沙希が言った。
「やっぱり刹那君は、時の探偵なのね」
でなければ、犯人を必ず見つける約束なんて出来ない。
「ああ。そうだ」
刹那がうなずいた。
ここまできたら、誤魔化してもしかたない。
「僕が時の探偵だ」
時の探偵。
沙希の胸が高ぶった。
過去に自由に行き来出来る、唯一無二の探偵。
そんな奇跡の存在が、目の前にいる。
「久遠君、あなたは……」
「刹那」
「え?」
「名前でいいよ。今から僕達はパートナー関係になるんだから」
「パートナー?」
その言葉を聞いて、なんだか照れくさかった。
「ああ。僕に協力してくれるんだろ?」
刹那が正体を明かしたのは犯人を捜すには、1人よりも仲間がいた方が有利だと考えたからだ。
「う、うん。もちろん協力するよ」
刹那は時の探偵のことを沙希に話しだした。
「僕の……久遠の血統は、代々時を超える力を持っている」
「時を超える……」
にわかには信じがたい話だった。
沙希も誕生パーティーで、刹那の身体が消えたのを見なければ信じられなかったろう。
「僕は正確には時の探偵の後継者だ。24代目のね」
「過去に行く時レンズが黒くなるのも意味はあるの?」
「ああ。過去に戻る時通る空間……時の河と呼んでいるんだけど、そこでは非常に強い光が出るから。
どうしても目をやられてしまう。それを防ぐためのものだ」
「そうなんだ。すごいね。そんな力を持ってるなんて」
沙希が刹那にそう言うと、少し哀しげな目をした。
「だが時の移動は、使う者にとって代償もある」
「代償?」
「ああ」
「代償ってなに?」
「別に君が気にすることじゃない」
メイドのマリに対してもそうだったが、刹那は沙希を心配させたくなかったので、黙っていた。
「……そう?分かった」
沙希はすごく気になった。
だが無理に刹那から聞き出そうとはしなかった。
「でもいいの?私なんかに話して。時の探偵のことは秘密なんじゃないの?」
沙希は急に怖くなった。
「パートナーには、知っておいてもらいたかったから」
刹那が沙希の目をじっと見た。
刹那にそこまで信頼されて嬉しかった。
「僕は……僕はこの時の探偵の力で、出来るだけの多くの人を助けたい」
刹那は真っ直ぐな瞳をしていた。
「でも刹那君。あんな約束して大丈夫なの?。犯人を1週間で見つけるなんて」
「そうだな。問題ないと思うよ」
さらっと刹那が言った。
「まずはひき逃げ犯を突き止めてくる」
刹那は誕生パーティの時と同じように、眼鏡のテンプルを押した。
レンズがブラックに変わる。
そして刹那の身体が徐々に薄く消えていった。
「刹那君……!」
そう。
これが洋子の誕生パーティーの時にも使った、刹那の時の移動の力だった。
刹那は過去へ向かった。
石田の事故があった1週間前に。
どれくらい過去まで行けるかは、時の探偵にも個人差があった。
刹那に行けるのは、今はせいぜい1週間という範囲だった。
なので事故のことを知るにはギリギリだった。
さらに過去にとどまれるのは、5分くらいが限界だった。
グズグズしている暇はなかった。
県道の一丁目交差点。
駅に向かう会社員や学生、通りには車もいる。
だが動いているものは、何1つない。
過去に行った時。
時間は止まっている。
まるで静止画のようだった。
そこで人々に話しかけても返事はない。
時の探偵は力の範囲内ならば、過去の時間を自由に動かすことが出来た。
現在の時刻は6:00。
太陽が見え始めていた。
石田は事故にあったのは、6時15分から20分と言っていた。
石田は毎朝決まった時間にランニングをしている。
そのため時間は正確だった。
刹那は5分、10分と時を進めた。
すると石田が南から走って来るのが見えた。。
「石田……!」
そして石田と併走するように、1台の車がやってくる。
その車はタクシーだった。
屋根にはBYタクシーというプレートがつけられていた。
両方とも交差点に向かった。
信号は、丁度歩行者側が青に変わったところだった。
にも関わらず、石田が交差点を渡ろうとした時タクシーは左折してきた。
更に5分進めた。
まさに事故の瞬間になった。
タクシーは無警戒だった、石田の右側面から衝突した。
衝撃と痛みのためだろう。石田が苦悶の表情を浮かべた。
こうした事故現場に時の移動で来た際、刹那はいつも思う。
なんとかしてこの場で、防ぐことは出来ないかと。
だが時の探偵に出来ることは限られている。
過去では一切、人や物を動かすことは出来ない。
刹那は唇をかんだ。
そして自分に出来ることをやることにした。
刹那はスマホを取り出した。
事故の瞬間、タクシーのナンバープレート、ドライバーの顔写真を次々に撮っていった。
そこで5分経った。
「うっ」
刹那は右腕をおさえて、苦しみだした。
また時の力を使ったことによる、後遺症だった。
証拠を手に入れた刹那は、痛みをこらえながら現在に戻った。
「ただいま」
「えっ」
再び姿が現れた刹那に、沙希は驚いた。
時間にして1,2秒程だろうか。それくらいの速さだった。
何度体感しても、これは慣れなかった。
刹那はスマホを取り出した。
撮ってきたばかりの画像を沙希に見せた。
「これが犯人だ」
画面には、やや垂れ目の中年の男性の顔が写っていた。
「明日から、捜査を開始しよう」
刹那が強く決意した。
沙希はうなずいた。
夜空には小さく星が瞬いていた。
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