第5話

1週間後。

 以前と違い、沙希はこの頃学校へ行くのは楽しかった。

 友達が2人出来たからだ。

 誕生パーティーにも出席していた子だ。

 洋子のグループに入っていたが、本当は洋子のことがあまり好きではなかったらしい。

 それに誕生パーティーでの洋子の陰湿なやり方についていけなくなった。それで沙希と仲良くなった、というわけだった。

 どういう理由でも、友達が出来たのは嬉しかった。

 その一方で沙希はあれ以来、刹那のことが気になっていた。

(……やっぱり久遠君が時の探偵なのかな?)

 だが刹那に話かけるきっかけがないままだった。

 刹那はほおづえをついて、窓の外を見ていた。

 担任教師の今井が朝のホームルームでやってきた。

 専任は歴史で、口ヒゲがトレードマークだった。

「えー、朝から皆に嫌なことを言わなければならない」

 今井は険しい顔をしていた。

「石田が今朝、交通事故にあった」

 クラス中がざわついた。

「石田が!?」

「マジかよ」

 石田は陸上部の長距離ランナーだった。

 痩せていて、背が高かった。180cm近くあった。

 中学校の時は、県大会の記録保持者だった。

 毎朝、1人黙々と街を走っている姿が印象的だった。

 陸上に青春の全てを懸けていた。

「詳しいことはまだ分かっていないが、どうやらひき逃げのようだ」

「ええっ」

「ひき逃げ?」

「うわあ」

 ひき逃げ、と聞いてさらに皆が騒いだ。

「石田は南部病院に入院している。お見舞いにいける者は行ってやってくれ。委員長頼んだぞ」

「分かりました先生」

 クラス委員の二ノ宮真子が言った。

 真子はポニーテールに眼鏡だった。

 非常に真面目なクラス委員だった。

 立ち上がった真子は、ぐるりと生徒の顔を見回した。

 そして刹那と沙希を指差した。

「それじゃあ、久遠君、田畑さん来てくれる?」

 真子は刹那と沙希を選んだ。

「あの…」

 おずおずと沙希が言った。

「なんで私達なんですか?」

「暇そうだからよ。部活も入ってないし」

 あっさりと真子が言った。

 2人とも特に文句もなく、刹那と沙希は真子に従った。

 石田のことは心配だったからだ。


 放課後。

 真子達3人は石田の見舞いに向かった。

 南部病院は高校から歩いて20分程の所にあった。

 大きな私立病院だった。

 病院に併設された駐車場はゆうに50台分を超えた。

 3人は病院の中に入った。

 診察時間は終わっていた。

 そのため人の姿はまばらだった。

 受付で真子が石田の病室を聞いた。

 2階の212号室だった。

 3人は階段を上って2階へ向かった。

 212号室の前に来た。

 真子がドアをノックした。

 中から「どうぞ」と返事が返ってきた。

 3人は病室の中に入った。

 4人部屋だった。

 1つにはカーテンが引かれ、残り2つのベッドには誰もいなかった。

 窓側のベッドに石田がいた。

 右足が伸ばされ、痛々しくギブスで固定されていた。

 それまで暗い顔をしていた石田だった。

 だが真子たちの顔を見るとパッと明るくなった。

「あれ?どうしたんだ?」

「お見舞いに来たのよ。クラス委員として当然でしょ」と真子が言った。

「へえ。そうか。わざわざ悪いな」

「ひき逃げにあったんですって?災難だったわね」

「ああ。まったくついてないぜ」

 石田がうんざりした顔をした。

「どうなの?容態は」と沙希が訊いた。

「たいしたことはないんだ。3日もすれば、学校に行けるからさ。まあ松葉杖をついてだけどさ」

「そうなんだ」

「ああ」

 それを聞いて、3人ともほっとした。

「これしか自分をアピールするものがないからさ」

 走ること。それが石田にとってアイデンティティーだった。

「ホント、早く走りたくてウズウズしてるんだよ。毎日走っていた俺が、こうして病院にいると身体がなまっちまうぜ」

「無理しないでよ。1日2日トレーニングしなくたって、変わらないわよ」

「あ~あ。委員長みたいな秀才には、俺の気持ちは分からないよ」

 ははは、と皆でなごやかに笑った。

「ま、とにかく来てくれてありがとう」

「犯人の車は見たのか?」

 それまで黙っていた刹那が訊いた。

 本能的に時の探偵の血が騒いだ。 

「ん?あ、いや……全然見てないんだ。急に後ろからだったからなあ」

「そうか」

「ああ」

 事故の話はそれで終わった。

 後はしばらく雑談して過ごした。

 3人は病院を出た。

 真子と別れ、刹那と沙希は一緒に帰り道の土手を歩いた。 

 夕陽が沈みかけていた。

 2人の影が伸びている。

 どこからか、カレーの匂いが漂ってきた。

「石田君。辛そうだったね」

 沙希がうつむきながら言った。

「ああ」

「なんとかしてあげたくなっちゃうね」

「なんとかって?」

「犯人を見つけるとか……。刹那君なら、見つけられるんじゃないかなって」

「どうしてそう思うの?」

「この前の誕生パーティーの時だって、不思議な力を使って私を助けてくれたじゃない。まるで探偵みたいでかっこよかったよ。それにさっきも、事故のこと石田君に聞いていたじゃない。あれって久遠君が時の探偵だから聞いていたんじゃないの?」

 刹那の足が止まった。

 じっと沙希の顔を見た。

「ああ、そうさ。時の探偵は僕だよ」

「え」

「なんてね」

 刹那は笑った。

 そしてじゃあ、と手を振って帰っていった。

  

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