第4話
刹那は家に帰った。
刹那の家は豪邸だった。
旧式の日本家屋で、江戸時代から続く建物だった。
200坪はある広さだった。
この家は、代々久遠家が受け継いできたものだった。
刹那はその由緒ある久遠家の24代目の当主にあたった。
さすがにそのままでは住むことが難しくなってきたので、ところどころリフォームはされていた。
それでも出来るだけ、当時の面影を留めるようにしていた。
入り口にはどっしりとした年季の入った門があった。
門をくぐると屋敷までは飛び石が敷かれていた。
手入れの行き届いた庭園。
ひょうたん型の池には何匹も錦鯉も泳いでいる。
玄関を開けた。
するとキレイな女性の声が響いた。
「お帰りなさい。刹那お坊ちゃん」
「ただいま、マリさん」
刹那を出迎えたのは、高梨マリだった。
マリは久遠家に住み込みで働いてるメイドだった。
年齢は20歳。炊事、洗濯、掃除はもちろん問題なくこなした。
さらに語学、IT、家計管理、介護などに関する膨大な知識と実務能力を有していた。
まさにパーフェクトなメイドだった。
おまけに童顔で巨乳だった。
マリは身体にピッタリとした服を好んで着た。
今日も着ている白いセーターの上から胸が強調されていた。
刹那は目のやり場に困ることがあった。
マリが久遠家に来たのは1年前だった。
それは刹那の母親が亡くなった年だった。
現在の久遠家は3人家族だった。
他に父、宗一と妹、怜奈がいた。
母親のいない兄妹のために、マリは懸命にその代わりを務めようとしていた。
「どうでしたか?お誕生パーティーは?」
「あ、うん。楽しかったよ」
刹那は騒ぎのことは黙っていた。
マリに心配をかけるだけだからだ。
「うっ……」
急に刹那の右腕が痛んだ。
「大丈夫ですか?刹那坊ちゃん」
「まさか力を?」
「ちょっとだけね」
そう。
沙希が推測した通り、刹那は時の探偵だった。
時の力を使うと、その反動がでた。
症状は個人によって違っていた。
刹那の場合は右腕の痛みだった。
マリも久遠家に仕えるようになって、時の探偵のことは聞かされていた。
「帰ったのか。刹那」
そこへ現れたのは刹那の父、久遠宗一だった。
親……といってもその外見は年老いた老人だった。
だが実際はまだ30代だった。
外見だけでは、とてもそうは見えないだろう。
四角い顔には、シワが何本も刻まれていた。
髪も口ひげも真っ白だった。
背中は曲がり、身体を支えるために杖をついていた。
宗一もまた時の探偵だった。
宗一の場合は、時の力を使ったことによる反動で老化現象が加速し、今のような外見になってしまった。
「また力を使ったな」
宗一はぎろりと、刹那をにらんだ。
「力は限られていると、何度も言っただろう」
宗一はゴホゴホと咳をした。
「だ、旦那様。大丈夫ですか?」
マリが心配そうに背中をさすった。
「ああ。大丈夫だ」
宗一が口元をぬぐった。
「それでいくらもうけた?」
宗一は尊大な男だった。
地位や権力、金を欲した。
またそれを持つ者を好んだ。
「これだよ」
刹那はタオルを宗一に見せた。
「な、なんだこれは!?タオルだけだと!!」
「ああ。クラスの女の子を助けたお礼にね」
「馬鹿者!」
宗一の顔は真っ赤になった。
烈火のごとく怒った。
「久遠家の時の力は、このちんけなタオル一枚で済まされるものではない!力に見合った報酬を貰えと、いつも口を酸っぱくしていっているだろう!」
「父さん。クラスの女の子からお金なんか取れないよ」
「だからそんな小さな事件を解決しても仕方ない、と言っている」
「うるさいなっ。僕の勝手だろ。放っておいてくれ」
「そうはいかん。久遠家24代目の当主として、お前は力の有効な使い方をしなければならん」
「僕は……僕はただお金のためにはやりたくないよ。父さんみたいに」
「お前が考えているよりも、久遠家に伝承された時を司る力は重要なものだ。それを忘れるな」
「……」
険悪なムードになった。
マリは2人の板ばさみになって、オロオロするばかりだった。
そこへ妹の玲奈がやってきた。
「何してんの~?」
玲奈は11歳。
小学5年生だった。
ピンクのカーディガンを着ていた。
玲奈は亡くなった母親にそっくりだった。
艶やかな黒髪が肩まで伸びて目が大きく、笑顔が愛らしかった。
それまで鬼の形相の宗一は、玲奈の顔を見るとその表情が一気に崩れた。
まるで仏のようにニコニコしたのだった。
「大きな声が聞こえたけど、ケンカしてたの……?」
玲奈は悲しそうな顔で言った。
「な、なんでもないよ。ね?父さん」
「あ、ああ、もちろん。お兄ちゃんとはちょっと話をしていただけだよ」
怜奈は父と兄が仲が悪いのを知っていた。
そしてひどくそれを嫌った。
2人がケンカをしているのを見ると、泣きそうになった。
怜奈が泣きそうな顔をしているのを見ると、宗一も泣きそうになった。
刹那もまた、妹のことを大変に可愛がっていた。
怜奈の前では2人とも、ニコニコと仲の良い振りをした。
なので、怜奈が来ると2人のケンカは自動的に終了となった。
久遠家の平和は、この11歳の女の子にかかっていた。
刹那は自分の部屋に行った。
刹那の部屋も、当然和室だった。
障子に畳が敷かれていた。
幼い頃からこの部屋だったため、洋室では落ち着かなかった。
机も普通の勉強机ではなく、レトロな木目調の光沢が美しいちゃぶ台を使っていた。
壁には掛け軸がかけられていた。
その書には『時は金なり』と、達筆でかかれていた。名のある書道の先生に書いてもらったものらしい。
これは宗一の座右の銘だった。
刹那は嫌だったので何度も外したのだが、その度に宗一が掛けなおすのでもう諦めていた。
この部屋で唯一似つかわしくないものといえば、AVコンポだった。
横の棚には、何十枚ものCDが収められていた。主にロックのCDが多かった。
刹那はごろんと、布団に横になった。
「時の探偵か…」
刹那は自分の背負っている運命を呪いたくなる時があった。
広い窓から空を見上げた。
夜空には満月がぽっかりと浮かんでいた。
刹那はその満月を、しばらくの間見ていた。
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