第3話

 パーティも終盤に入った。

 後はプレゼント交換会を残すだけになった。

 そこで事件は起きた。

「きゃあっ!」

 女性の叫び声に、皆の視線が集まった。

 叫んだのは、パーティーに出席していた山田絵美だった。

 絵美は洋子と幼稚園からの付き合いで、仲が良かった。

「どうしたの?絵美」と洋子が聞いた。

「ないの!私が洋子のために持ってきたプレゼントが。さっきあそこのテーブルの上に置いておいたのに!」

 絵美が角のテーブルを指差した。

 確かにテーブルの上には何もなかった。

「ねえ、皆、絵美のプレゼントを探してくれる?」

 洋子が声をかけると、すぐに取り巻き5人が集まってきた。

 5人はテーブルの周りを探した。

 だが絵美のプレゼントは見つからなかった。

「変ね。これだけ探しても見つからないなんて……。もしかして……」

 洋子は注意深く周りを見た。

「誰かが盗った……?」

 その言葉で、場に緊張が走った。

 賑やかだったパーティーの空気が一変した。

 洋子がバンッ!と机を叩いた。

「誰!?犯人は。犯人がいるはずよ!」

 洋子がいらいらしながら言った。

「いたずらのつもり?もういい加減にして!おかげでせっかくの誕生日のイベントがメチャメチャよ。悪ふざけなら、今名乗り出て。そうしてくれたら許してあげる」

 だが誰も名乗りでる者はいなかった。

 反対に皆、自己弁護のためにいっせいにアリバイを言い始めた。

「私じゃないよ。あの娘と一緒に居たから」

「俺はあいつといた」

「私もよ。そっちに行ってないし」

 ふう、と洋子がため息をついた。

「分かったわ。どうやら皆にはアリバイがあるようね」

 洋子が長い髪をかきあげた。

「1人でいた人が怪しいわね。1人でいたのは誰?」

 洋子がさりげなく沙希の方を見た。

 それをきっかけに、会場にいる者の視線が集まっていった。

「えっ……?」

 沙希はゾクッと全身が身震いした。

 レストランにいる全員の視線が、沙希に向いていた。

 沙希は真っ青になった。

 違う。

 違う違う。

 私じゃない。

 私じゃない!

 確かに1人でいた。けど、それは話す相手がいなかっただけ。

 私はあのテーブルなんか行ってもいない。

 だが周りのクラスメイト達は、もう沙希が犯人だと決め付けているようだった。

 疑いの目で沙希を見た。

「あ、あの……」 

 釈明しようとした。

 だが喉がカラカラに渇いて、声を発することが出来ない。 

 一層皆の視線が鋭くなった。

 駄目だ。

 皆、私が犯人だと思ってるんだ。

 声の変わりに、一筋の涙がこぼれた。

 もう、この場にいられない……。

 沙希は入り口のドアに向かって駆け出した。

 丁度、刹那がそこに立っていた。

 沙希は刹那に構わず、外へ出ようとした時だった。

 刹那に、右腕をつかまれた。

「えっ!?」

 沙希は驚いた。 

 刹那はじっと沙希を見た。

 久遠君。

 久遠君も、私が犯人だと思っているのだろうか。

 だからこうして、私を捕まえるのだろうか。

 沙希の心を、さらに灰色の絶望が襲った。

 だが違った。

 刹那は言った。

「ここで逃げたら、自分が犯人だと認めたようなものだよ」

 以外な言葉だった。

「久遠君……!?」

 それは氷ついた沙希の心を溶かす、温かい陽の光のようだった。

 久遠君だけは、私を信じてくれている。

「助けてほしいかい?」

 続けて刹那は言った。

「え?」

 もちろん。

 出来ることなら。

 かけられた疑いを晴らしてほしい。

 だって、私は犯人じゃないんだから。

 でも、どうして久遠君にそんなことが出来るというのだろうか?

 沙希は1つ思いついた。

「もしかして久遠君。誰か絵美ちゃんのプレゼントを持っていくところを見たとか……?」

「いや、見ていない」

 きっぱりと刹那は言った。

「……そっか」

 沙希はがっかりした。

「でもそれじゃどうやって、私が犯人じゃないって証明するの?」

「これから見てくるんだ」

「ええっ……?」

 わけが分からなかった。

 一体刹那は何を言っているのだろう。

 沙希に構わず、刹那は行動に移った。

 刹那はかけている眼鏡のフレームのテンプル部分を押した。

 するとレンズが、ブラックに変わった。 

「移動すると、目が疲れるものでね」

 移動?

 ますます訳がわからなかった。

 一体どこへ移動するというのだろうか。

「じゃあちょっと行ってくるよ」

 沙希を置いてけぼりにしたまま、刹那は言った。

「久遠君!?」

 言い終わらないうちに、刹那の身体は消えた……ように見えた。

 だがそれはほんの、瞬きするくらいのわずかな間だった。

 もう刹那の身体は見えるようになっていたからだ。

「ただいま」

「お……お帰り」

 きょとんとしながら沙希は言った。

 どうやらどこからか、刹那は帰ってきたらしい。

 刹那の顔は若干寂しげだった。

「わかったよ。犯人か」

「え」

 刹那は顔をぐっと沙希に近づけた。

「あ……」

 キレイな顔、キレイな目をしていた。

 まつげが長かった。

 沙希の胸はドキドキした。

 刹那は沙希にそっと耳打ちした。

 それを聞いた沙希の表情は一変した。

「なんであの娘が!?それに久遠君、どうしてそれを……」

「いいから。自分の無実を証明してきなよ」

「う、うん」

「あ。待って」

 刹那は沙希にスマホを渡した。

「これ、使って」

「ありがとう」

 沙希はスマホを手に、洋子と絵美のところへ行った。

 歩いていく沙希に、皆の視線は冷たかった。

 沙希が罪の告白に行くのだと見ていた。

「なに?謝りにきたの?今更名乗り出ても遅いよ」

「早く、私のプレゼント返して」

 洋子と絵美は高圧的な態度にでた。

 2人は沙希をにらみつけた。

 まるで被告人を見るようだった。

 沙希は首を振った。

「ううん……。違う」

 声はか細かったが、はっきりと否定した。

 イライラしながら2人は言った。

「は?じゃあなんなの?」

「あんた、まだとぼける気?」

「分かったんです。私」と沙希が言った。

「分かった?ちょっとあんた、さっきから何わけのわかんないことを言って……」

 洋子の言葉をさえぎって、沙希が言った。

「2人ですよね?プレゼント隠したの。つまりこれは2人の自作自演ってことに」

 沙希の指摘で、場は大きくざわついた。

「ええっ!?」

「なんだって」

 2人は明らかにうろたえた。

「なな、何言ってるの!」

「いい加減なこと言ってんじゃないよ!」

「いい加減じゃありません」

 沙希はきっぱりと言った。

「じゃ、じゃあ、どこにプレゼントがあるか分かるっていうの?」

「分かります」

 沙希はレストランの入り口に向かって、歩いていった。

 そこのテーブルは荷物置き場にしてあった。

 今日の客の荷物がまとめて置かれていた。

 沙希はその荷物置き場を指差した。

「洋子さんのバッグ。あの中に絵美さんのプレゼントが入っています」

「!!」

 2人の顔は真っ青になった。

「しょ……証拠はあるっていうの!?」

「……証拠ですか」

「そうよ。証拠もないのに、人を犯人呼ばわりしないでくれる!」

 なんだかおかしかった。

 さっきは証拠もないのに、自分を犯人呼ばわりしたのに。

「証拠ならありますよ」

「えっ!?」

 沙希はスマホを2人に向かって、突き出した。

「その場面を撮った写真です」

 沙希は畳み掛けるように言った。

「なんですって!?」

「う、嘘。嘘よ。そんな場面あるわけないわ!」

「これです」

 沙希はスマホの画像を2人に見せた。

 荷物置き場で洋子が絵美の前に立って、隠すようにしていた。

 その後ろで絵美は、自分のバッグから紙に包まれた品を、洋子のバッグに入れていた。

 画像は角度を変えて、何枚も写っていた。

 これはもう、言い逃れの出来ない証拠だった。

「どうなんですか?」

 沙希が問い詰めた。

「あ、ああ……」

「うう……」

 これを見せられては、2人は何も言い返せなかった。

 皆、どうするのかとハラハラしながら見守った。

 すると2人は途端に手の平を返してきた。

 両手を合わせて、謝るポーズを見せた。

 ニコニコとわざとらしい笑顔を振りまいた。

「あー、そうだった。ごめんごめん。さっき絵美からプレゼントをもらっていたんだ。すっかり忘れてたよ」

「ね、絵美」

 洋子は絵美の肘をつついた。

 絵美も洋子に話を合わせた。

「あ、そ、そうだった。私の勘違い。私ちょっと天然なところがあるからさー」

 あくまで2人は勘違いで押し通そうとした。

 沙希はそれ以上、何も言わなかった。

「……そうですか」

「じゃ、じゃあプレゼント交換会を始めよう」

 絵美は空気を換えようと、無理矢理交換会の流れに持っていった。

「ほら、何してんの!洋子にプレゼント渡すよ」

「あ、ああ……」

「そ、そうね……」

 皆はひっかかりながらも、洋子に遠慮して何も言わなかった。

 荷物置き場にプレゼントを取りに行った。

 そして順番に、洋子に渡していった。

「おめでとう」

「ありがとう」

 その声を沙希はむなしく聞いていた。

 騒ぎはおさまった。

 沙希は刹那の元に行き、スマホを返した。

「ありがとう。助かったよ」

「いや別に。大したことはしてないよ」

 刹那は肩をすくめた。

「だけどさ」

「なあに?」

「あれでよかったの?もっと2人を問い詰められただろう」

 沙希を首を振った。

「ううん。いいの。本当に勘違いかもしれないし……。友達を疑うなんて」 

「友達、ね」

 皮肉っぽく刹那が言った。

「やさしいんだな、君は。まあそれでいいならいいさ」

「あのね。久遠君」

 沙希はうつむきながら言った。

「なんで……」

「ん?」

「なんで私のことを助けてくれたの?」

「……別に。ただ見過ごせなかっただけさ」

 刹那そっけなく言うと背を向けた。

「それじゃあ」

「帰るの?」

「ああ。もともと強引に誘われて来ただけだし。派手な場所は苦手なんだ」

「じゃあ私も帰ろうかな」

 疑いは晴れた。

 だがこの場に留まるのは、さすがにごめんだった。

 いてもお互い気まずくなるだけだ。

 沙希は自分のバッグを手にした。

 2人は並んで、レストランを出た。

「あ、そうだ」と沙希が言った。

「久遠君。タオル……いる?」

「タオル?」

「うん。プレゼント用に持ってきたんだけど。あんなことがあったから、もう渡せないし。助けてくれたからお礼に」

 刹那はちょっと迷ったあと、タオルに手を伸ばした。

「ありがと。嬉しいよ。じゃ」

 刹那は歩いて行った。

 大きな謎が1つ残っていた。

 どうやって刹那があの決定的な写真が撮ったか、だ。

 沙希は思い出した。

 時の探偵。

 近頃ネットで話題になっている探偵だ。

 沙希も時の探偵の噂は聞いていた。

「ねえ、もしかして時の探偵って刹那君のことじゃない?」

 刹那の足が止まった。

 だが何も返事はなかった。

 刹那はタオルを持った手を軽く振って、再び歩き出した。

 



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