第2話

4月初めの昼下がりの午後。

 温かい春の日差しがそそぐ。

 とある街の洒落た外観のレストラン。

 レストランの中は、何十人という高校生で賑わっていた。

 集まっていたのは、私立春秋高校に通う生徒達だった。

 今日はここを借り切って、誕生パーティーが行われていた。

 春秋高校に入学したばかりの1年、浜野洋子の誕生パーティーだ。

 店内には外人女性ボーカルのR&Bの曲がかかり、雰囲気を盛り上げる。

 大きな窓からは、手入れの行き届いた庭園が望めた。

 店内の中央と窓際の台の上には赤や黄色、ピンクの鮮やかな花が置かれていた。見る者達の目をひきつけた。

 天井からは北欧アンティークのシャンデリアが吊るされていた。

 各テーブルには、光沢のある真っ白なテーブルクロスがかけられていた。

 その上にオニオンベーコン、テリヤキチキンなど4種類のピザ、フライドポテト、ローストビーフ、マグロのカルパッチョ、海老のサラダなど色とりどりの料理が置かれていた。

 さらにデザートのマカロンやカップケーキ、アメリカンワッフル等が別のテーブルに用意されていた。

 腹を空かせた男子は、豪華な食べ物に夢中だった。

 パーティーが始まったと同時に、料理にわっと群がった。

 洋子と同じ春秋高校に通う1年の田岡沙希も、パーティーに参加していた1人だった。

 沙希は黒髪ショートで、小顔の女の子だった。色が白かった。 

 今までの人生で、こんな華やかな場所に縁がなかった。

 沙希はグループの中に入れず、1人すみっこでアップルジュースを飲むばかりだった。

 本来なら沙希は春秋高校に通うはずではなかった。

 春秋高校は、共学の私立高だった。

 しかも裕福なお金持ちが通う高校だった。

 沙希の家はお金持ちでもなんでもない、フツーのサラリーマンの家庭だったからだ。

 入学してすぐに、経済的な格差を感じた。

 沙希は本当は近くの女子高に行こうと考えていた。

 だが特に熱心に勉強したわけでもないのだが、成績がよかった。

 それで親の見栄で、無理して春秋高校へ入ったのだ。

 沙希は人から強く言われると、それに従ってしまうところがあった。

 この誕生パーティーにしてもそうだ。

 初めは断ろうと思った沙希だが、洋子に強引に押し切られて参加することになった。

 洋子はクラスの中で、女子のリーダーのように振舞っていた。

 沙希は高校でまだ友達がいなかった。

 なのでこの誕生パーティーがきっかけで、誰か友達が出来ればいいなあ、と考えていた。

「どう?沙希ちゃん。楽しんでる?」

 沙希のもとにこのパーティーの主役、洋子がやって来た。

 洋子は豪華な真っ赤なドレスを着ていた。

 胸にはバラをかたどった、銀色のブローチがつけられていた。いかにも高そうだった。

 豪華な衣装は、キラキラと眩しく輝いて見えた。沙希は圧倒された。

「あ、う、うん。すごい楽しい」

 そう返事はしたものの、内心は違っていた。

 どうにも落ち着かなかった。

 周りを見れば洋子だけでなく、他の女の子達も皆一様にドレスアップしていた。

 それに比べて沙希は花柄のワンピースだった。

 お気に入りだが、バーゲンで買った安いものだった。

 自分が一番地味な格好をしていると思い込み恥ずかしくなった。

 なんだか比較されているようで、それがミジメだった。

 そんな沙希を洋子がニヤニヤしながら見ていた。

 実はそれが洋子が強引に沙希をパーティーに誘った理由だった。

 洋子が沙希を誕生会に呼んだのは『友情』などではなかった。

 沙希を、自分の引き立て役にしようとした。

 入学した当初から大人しくて可愛い沙希は、クラスの男子から人気が高かった。

 洋子は自尊心が非常に強い女だった。

 なんでも常に自分が一番でなければ、気がすまなかった。

 そうやって沙希がドギマギする様子を見て、洋子は密かに楽しんでいた。

 さらにもう1つ狙いがあった。

「後でプレゼント交換会もやるから、楽しみにね」

「う、うん」

 普通の誕生会なら、1人ずつ洋子にプレゼントを渡していくだけだ。

 だが今日のプレゼント交換会は、洋子の方からもお返しのプレゼントが渡されるというものだった。

 そこで洋子は1人ずつ、貰ったプレゼントを皆に披露することにしていた。

 それが洋子の狙いだ。

 沙希から貰ったプレゼントを皆と比較して笑いものにしよう、と考えていたのだ。

 純真な沙希は、洋子の意図に気付かなかった。

 だがそのプレゼント交換会では悩んでいた。

 他の子がどんな豪華なプレゼントを持ってくるのか、気が気でなかったからだ。

 さっきからクラスメイトの子達の声が聞こえてくる。

 ブレスレット、ピアス、リュック、腕時計など。

 持ってきたプレゼントの話をしているのだ。

 その言葉が聞こえる度に、沙希の身体はぴくっと反応した。

 沙希のお小遣いは、月2千円だった。

 それでは高価な物など買えない。だから沙希が持ってきたのは、タオルだった。

 多分、この中では一番安いものだろう。間違いない。

 それを思うと憂鬱だった。

「ゆっくり楽しんでね」

 洋子は口元は笑っていたが、目は笑っていなかった。 

 洋子が行ってしまうと、沙希は緊張から喉が渇いた。

 何か飲み物を取りに行くことにした。

 ソファから立ち上がった。

 東の壁側にカラフルは色合いのポップアートな画が掛けられていた。

 その下にドリンクバーのコーナーがあった。

 沙希はドリンクバーに行った。そこでアイスレモンティーを入れた。

 また定位置のソファに戻ろうとした時だった。

 ボーっとして、あまり回りを見ていなかった。

「うわっ!」

「きゃっ」

 沙希は誰かとぶつかってしまった。

 バシャッ。

 そしてその拍子に、アイスレモンティーが相手にかかった。

「ご、ごめんなさいっ」

 沙希はコップを近くのテーブルの上に置いた。

 そして慌ててポケットから、ハンカチを出して相手を拭こうとした。

 相手の顔を見てみた。

 そこにいたのは、久遠刹那だった。

「……あ、久遠くん」と沙希が言った。

 刹那もクラスメイトの1人だった。

 スクエアでブルーのフレームの眼鏡をかけていた。

 黒いテーパードのパンツに、ブルーのニットを着ていた。

 とてもよく似合っていた。

 まるでアイドルのように可愛らしい顔立ちの刹那は、女子人気が高かった。

 刹那は学校では、一人でいることが多かった。

 スマートフォンで音楽を聴いている姿をよく目にした。

 そうしたちょっと影のあるところが、また人気の1つになっていた。

 刹那はパーティーでも、男子にも女子にも加わらなかった。

 沙希も刹那と話したことはなかった。

 これが初めての会話だった。

「いいよ。気にしないで」

 クールな乾いた声だった。

「でも、それじゃあ……」

 おたおたしながら、沙希が言った。

「いいよ。本当に大丈夫だから」

 やりとりはしばらく続いた。

「それじゃあ私の気がすまないから、とにかく拭かせて」

「まあ、そんなに言うなら……」

 沙希の勢いに、刹那も押し切られた。

 遠くから見れば2人がイチャイチャしているように、見えなくもなかった。

 悪いことにそれを洋子に見られてしまった。

 洋子は刹那に気があった。

 今日の誕生パーティーで、刹那にもっと近づこうと考えていた。

 その自分のお気に入りの刹那が、自分が下に見ている沙希と仲良くしている!

 洋子は激しいジェラシーを感じた。

(ゆ……許せない!)

 鋭い目で、2人を睨みつけた。

 思わず手に持っていた空の紙コップを握りつぶした。

 沙希のことをプレゼントで笑いものにしてやろうとだけ考えていた。

 だがそれだけでは、気が収まらなくなった。

 もっと、決定的なダメージを与えたかった。

 そう。何か罪を背負わせるようなことを。

 洋子は別の企みが浮かんだ。

「よし。これだ」

 洋子の顔が不気味に歪んだ。

 



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