Act3: plane+
0 architect
protagonist: architect:
ただひとり。だれもいない、静かなホテルのスイートルーム。
僕はいつものように、コーヒーをつくる。けれど。
主人公「また、つくりすぎちゃった」
どうしてもクセで、ふたりぶんをつくってしまう。
コーヒーを片手に、バルコニーへと出る。そこからみる景色はきれいだけど、その景色に意味を与えてくれる人はもう、どこにもいない。
はじめから、僕たちはこうして離れ離れになる運命だったのかもしれない。
なぜなら僕こそが、先生の通貨なき世界という問いをだれよりも否定した、
通貨ある搾取なき世界という答えを星に刻みつけることは、僕だけでは不可能だった。
だから僕は、たくさんの人たちと協力して、どうにかこのホテルのスイートにすら衛星通信レゾナンスが存在し続ける世界が、いびつにもできあがった。
それが、ここに置かれた衛星通信用のアンテナだ。
電子世界のなかで、僕は先生への福音を広めるべく旅をした。それは問いを考えたい君たちにとってつまらない、ただの答え合わせの時間でもある。
いまでこそ僕は、通貨の悪魔とか教祖とか言われているけれど、実際は僕自身がその価値を維持し続けているわけではない。僕以外の委員会の人たち、本当にこの暗号通貨を信じる、いわば律法学者のみんなが、各国の政府や企業と交渉を重ねる中で、その価値は維持されてきた。
律法学者は、専任で行うことができるようなものなんかじゃなかった。はじめは、銀行員や金融系官僚、つまらないフィンテックに関わるエンジニアが興味本位で参加しだしたのが始まりだった。僕たちの当時の目標は、とにかくこの通貨を信じてもらえるようにすることのみにあった。
ウクライナが自国通貨フリブナを導入するそのときまでは、どうもロシア系通貨ルーブルと交換できるクーポンを使っていたらしい。けれど、僕らはそのスタートラインに立つところからが始まりだったと思う。
ウクライナには小麦を筆頭とする強靭な農生産物たちがあった。電子世界の雲のなか、霞以外は存在しない仙人じみた僕たちの手元には、みんなの空腹を満たすものはない。結局、暗号通貨単体では、電子システム単体では、なんの役にも立たないのだ。
かといってゲームでは、この通貨が使ってもらえないことは誰もが理解していた。何かしらの現実で役に立つ製品やサービスと結びつかなければ、その通貨を利用する価値がない。いくつもの暗号通貨ゲームがバブルのなかで生まれては消えたのがその証だ。
僕たちの福音の探求の果てに辿り着いたのが、衛星通信システムだった。
かつてアメリカでとある企業が開発した衛星通信システムだが、これを他の業者も利用できるようにし始めていた。これに僕たち委員会は活路を見出した。
すぐに参画し、資金をみんなで出しあってかき集め、アンテナとルーター兼アクセスポイントを低価格で配る。そのなかで通信量の支払いを暗号通貨で実行するようにしたことで、どうにか人々が暗号通貨の利用を始めた。言論の自由をつくりだそうと躍起になってた国連が味方につくまでに、そう時間もかからなかった。時には国連から軍事国家を経由し一般の人へ無料で配ることすらもできた。
僕たちの暗号通貨は電子マネーと同じ立ち位置で、かつそのサービスを暗号通貨によって作り出すそのなかで、各通貨でのレートが生み出されていく。各通貨のレートでの取引を可能にするシステムを無理やりつくりあげ、擬似的な地球規模の
衛星通信は、電気はあってスマホがあっても、通信インフラがなかったり貧弱で困っている地球上全ての人の役に立った。そこに僕たちの暗号通貨が参加することで、それぞれの国がドル頼みだったりした状況がむしろ改善するきっかけになったりもした。反対に、行政が適切に通貨のコントロールできない場合はドルでの取引が加速してしまったけれど、そうした中間点に、僕たちの通貨はいつもいた。
そんななかで、僕の通貨は成長し、衛星通信用人工衛星の出資元になれる程度には強くなっていくことができた。この頃にはもう、ネットワークエンジニア、ロケットエンジニア以外にも、地球上の誰もがこの通貨を使って人と繋がろうとがんばる律法学者となっていた。
僕が関わることがそこまでなくても、各国でうまく整理を進めることができたのだ。
そして、この衛星通信を背景にした通貨の強さは、世界に押し付けられたこの福音は、脅威ともなった。
僕が中学生の頃。
歴史の長い株の百兆ドル台と比べれば、暗号通貨の規模としては二桁、ときに三桁も小さいものだったからだ。時価総額という形式が妥当かどうかをさておくとしても。
だが僕のつくりだした衛星通信を背景にした暗号通貨は、それに引っ張られた全ての暗号通貨は、ひとりでに法定通貨から価値を吸い始めた。株と同じ百兆ドル台にのるまで、そう時間はかからなかった。そして、現金と同じ決済を目的にした以上、株を追い抜くのは必然だった。
この規模の大きすぎる福音は、暗号通貨への信仰は、誰も暗号通貨を信じられなくなったとき、すべての家計に爆発が直撃することを意味していた。
前回の日本における価格操作の問題をきっかけに、暗号通貨の時価総額は平均して半分を切った。
僕の暗号通貨は、大した減損もないまま、価格は元に戻って終わった。僕の通貨は、いまも電子マネーのように人々から認識されている。
深刻なのは旧式の暗号通貨、いわば電子世界のアンティークコインだった。それらは四分の一の価格となったとしてもまだマシというレベルだったのだ。信仰されていない、正確には信認のない通貨など、価格こそが価値でしかない以上、暴落は避けられない。天然宝石や高いだけのブランドと同じ末路───価格は高いが、真の意味で誰も必要としない着飾るものとなる運命───をたどっている。
いくつかの金融機関は、連鎖倒産を起こした。たとえば暗号通貨取引所や、暗号通貨を起点に起死回生に挑んだ小さな銀行だ。衛理が電話を使って脅していた新川の企業も、すでに破綻し、新川たち経営陣は逮捕されている。小さな銀行たちは、
だが大規模な銀行や金融機関は生き延びた。前回の世界金融危機を教訓にした規制となるバーゼルⅢ。その準備のための資金確保をしていたことによって難をどうにか逃れたのだ。
そして僕たちのインターン先で、未冷先生の両親のものだった銀行も、経営危機のなかにあった。救済を求め、自らの犯罪の全てを悔い改めさせられた。国と他の銀行からの救済を信じなければならないほどに追い込まれていた。そうして結局、国有化されてしまった。いま未冷先生の家族がつくりあげた財閥は、迅速に解体が始まっている。
でも、どの企業も国有化されるわけではない。特にまずかったのは個人や、一般的な企業だった。
借金をかけすぎたすべての
個人はさておくとしても、斜陽企業の倒産は暗号通貨を購入してなどしていない人の給与すら奪い取った。この影響は、暗号通貨の性質上日本だけにとどまらない深刻な危機をもたらしている。
僕らは犯罪者狩りをしていたと同時に、もっと多くの人を地獄に突き落としたかもしれない。それを理解するには十分すぎる状況だった。
いまだに自問自答する。あのとき先生と僕たちが動かなければ、より巨大な虚構の富が生まれ、やがて多くの人を巻き込んで、人類は地球上の文明が崩壊したかのような失われた数十年を過ごしていたはずだろう。夢で人は、生きていけない。
だが先生と僕たちが崩壊をごく一部にできるよう動いたことで、虚構の富を前提とした人々の生活は市場とともに崩落し、ほとんど帰ってこれなくなった。
永遠に近い緩やかな破滅か。一時的だが大規模な破滅か。
どちらの選択が、みんなにとって正しかったのだろうか?
波の音が聞こえるベランダで、僕はひとり呟く。
主人公「先生。通貨なき世界が、本当は正しかったのかもしれないね」
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