18 blood

protagonist:


 到着したその場所では、すでに栗原さんがヘルメットとフェイスマスクを脱いだ姿で取締役室のソファに腰がけて端末を開いていた。その目の前では、ぶつぶつと何かをつぶやいているいかついスーツ姿の人たちが手錠をつけられ、ひざまずいている。そして栗原さんは僕へと笑いかけ、パソコンのブラウザをみせてくれる。

栗原「いい仕事だった」

 僕は笑う。

主人公「出口の存在しない迷路ですから。犯行内容は?」

栗原「マシンのロックは解除されていて、すべて確認できた。だがまだまだある。何回逮捕できるかわからんレベルさ。おまけに銃も隠してやがった。弾までこめてあった」

 そして栗原さんは指差す。その先には大量の銃が丁寧に弾倉を抜かれ、積みあげられていた。

栗原「まあぜんぶ外したがね」

 そのとき、一人の男が僕らへと向いた。

男「なんだその子供達は」

 栗原さんが答える。

栗原「お前らを追い詰めた連中さ」

男「嘘をつくな、俺たちが指示しなきゃ何もできない」

栗原「ああ、その想像力が、お前らの敗因だよ」

 男は何も言うこともできず、ただ怒りの形相を栗原さんに向けている。

 栗原さんは僕たちに笑いかけた。

栗原「これで任務完了だ。ありがとな、お前ら」

 その瞬間だった。警察の一人が、いや、複数人が、示し合わせたように犯人たちに銃を向けた。そして、銃弾を何発も撃ちこんでいく。

 栗原さんは、真依先輩は、衛理は、僕は、それを呆然とみつめていた。

 怒りに歪んでいた男の顔は、疑問を投げかけるような表情となり、倒れていった。そして、その表情はもう変わることはなく、血の海に溺れていった。

 そして、聞いたことのある声が告げた。

未冷「標的交戦中殺害(EKIA:Enemy Killed In Action)」

 そして、銃を向けていた警察の一人が、フェイスマスクを外していく。そして、栗原さんが呆然とつぶやく。

栗原「陽子……」

 陽子は微笑む。

陽子「これが私の任務だったから」

 そして、室内にいる何人かの人がフェイスマスクを外していく。栗原さんは絶句する。

栗原「財前、杉原、山崎さん……なんでだ……」

 男の人が答える。

財前「ありがとう、栗原。お前のおかげで、俺たちはここまでこれた」

 女の人も続く。

杉原「隠してて、ごめんね。追い込まれてないのには、理由があったってわけ」

 そして、ひとりがヘルメットを脱ぎ捨て、フェイスマスクを脱いだ。そして長い髪を振る。僕が一緒に暮らしてきた人が警察の服を着て、銃を抱えていた。

主人公「未冷、先生……」

 敵の返り血を浴びた未冷先生は微笑む。僕はどうにか訊ねる。

主人公「先生。どういうことなんだ」

未冷先生「あなたを教え、陽子を教えていたのも、私だったってこと」

 そして彼女は、宣言した。

未冷先生「私が、脚本家スクリプター

 僕は言葉を失っていたが、真依先輩が訊ねていた。

主人公「未冷。なんで、こんなことを……」

 先生はおもむろに答える。

未冷先生「お金こそが、人類最大の宗教となったから」

 僕たちは呆然としていた。未冷先生は続ける。

未冷先生「習慣、言語、政治。それらを超えた繋がりを、お金はかつて文明が発展する中でもたらした。けれどその繋がりは、銀行の暴走という悪しき扉も開いてしまった。暗号通貨になら、それを書き換えられるはずだった」

 僕はすぐさま答えていた。

主人公「そんなの不可能だよ、先生」

未冷先生「そうだね、でも……」

 先生は言った。

未冷先生「先生ごっこはもう終わりだよ、教え子くん」

 呆然とする僕に、彼女は言った。

未冷先生「君は教えを乞う側の人間じゃない。君は、お金の教祖。この星いちばんのお金持ち。この星をお金と通信で繋いだ、建築家アーキテクトでしょ」

 栗原さんが、真依先輩が、衛理が、呆然と僕を見つめてくる。未冷先生は言った。

未冷先生「現在唯一ライトニングネットワークの実装に成功し、地球に衛星通信と共に暗号通貨を普及させた、暗号通貨のハードフォーク開発者……現世の母胎マトリックスの、ほんとうの王様」

 衛理は言った。

衛理「まさか、あんたがコンピュータを触っていたって言っていたのは」

 僕は未冷先生に向かって訊ねていた。

主人公「どうやって、そのことを……」

未冷先生「二人でホテルで過ごしてきた中で。そしてデートをした時、確信を得た」

 そういうことだったのか、と僕は俯く。未冷先生は続ける。

未冷先生「はじめのきっかけは、あなたが学校でつぶやいていた言葉だった。彼らは関係ないはずだって」

 未冷先生は決定的なことを告げた。

未冷先生「通貨の悪魔とまで呼ばれたあなたは信じたかった。自分が建築した暗号通貨で、誰かが傷つかないようにする世界の景色を」

 僕は顔をあげる。未冷先生は僕の表情をみて、悲しそうに微笑む。

未冷先生「でも、そうはならなかった。あなたの暗号通貨以外は、ずっと膨張したんだから」

 僕は未冷先生に訊ねた。

主人公「だから君はその全てを終わらせたのか。僕たちを使って……」

未冷先生「犯罪者の退場によって、正しく季節は訪れる。それは、冬だけれど」

 血の海に倒れている犯罪者たちを見つめながら、僕はやがて叫ぶ。

主人公「殺さなくてよかったはずだよ、先生!」

 未冷先生は俯く。

未冷先生「そうね。これは世界の……いいえ、私の、復讐でもあった」

 僕は哀しげな彼女を見つめる。

主人公「どういうこと」

未冷先生「さっき吠えてた男。そしてそこに倒れてる女。それが、私の父と母だったもの」

 僕は血溜まりをみつめる。

主人公「なぜ……」

 両親の返り血を浴びた未冷先生は、答える。

未冷先生「ここにいる全員が、銀行の関係者。彼らは立法を買い上げ、司法の解釈を歪めるべく世論を傾け、行政を欺く。たくさんの人を、あなたのお父さんとお母さんも、殺したというのに」

主人公「そんな、まさか……」

未冷先生「あなたの書き直した暗号通貨は足がつかない上に価格が安定している。だから確実かつ隠密な送金を可能とさせた。自分たちしかいない市場を加速させるための手段は、あなたの技術によって完成した」

 僕は強く目を閉じる。けれど、現実が変わることはない。未冷先生の綺麗な声だけが、滔々と続く。

未冷先生「人に暗号通貨という海水を飲ませ、水を渇望する人を生み出した。海水が生きるのを阻害することを知らせないままにね。それが、今そこに倒れている、星の征服者なんだよ」

 僕は顔を上げて、どうにか訊ねる。

主人公「これが、先生の言う罪なの?自分たちが失うことのできない知識だって」

 彼女は寂しげに笑いかけてくる。

未冷先生「だから関わらないほうが、よかったでしょ」

 僕は涙を流しながら、怒りのなかで答えた。

主人公「ああ。先生をそんなふうにしてしまうなら……僕はあのとき、声をかけなければよかったんだ」

 彼女は俯く。そして、彼女はぐすん、と声をあげて、

未冷先生「そうだね」

 僕は彼女の涙を見て、目を見開いた。そして、僕は謝罪の言葉を飲み込んでしまった。僕も涙が、止められなかった。僕は呟いていた。

主人公「こんなはずじゃ、なかったのに……」

 そんな気持ちだけが、僕の中に渦巻いていた。

 その時、栗原さんが告げる。

栗原「お前らは、どう見ても国に背いている」

 男が答える。

財前「背いてはいない。国の秩序のために悪を隔離し、伝染させないことが、俺たちの任務だ」

 栗原さんは首を振った。

栗原「財前さん。その悪に、俺たちはずいぶん前から成り下がっていたんじゃないのかってことですよ」

 財前と呼ばれた男は、血の海をみつめて肩をすくめる。

財前「悪いな。もうすでに、その覚悟はしてきた。俺たちは公安だが、すでに国に完全な形では仕えてはいないんだ。そういう連中が、世界中の国家と人民の中でネットワークを形成し、新たな生命として生まれた。俺たちが真の意味での、権力への抑止力なんだよ」

 僕たちは顔を上げる。栗原さんは訊ねる。

栗原「何が望みなんです」

財前「征服者たちの通貨の、解体だよ」

 栗原さんが呆然としているなか、財前は続ける。

財前「今の世界の問題は、膨張しすぎた旧世界の資産とその影響を直に受ける新世界の通貨が並列に存在していることにある。この旧世界の歪な通貨のルールを解体するのなら、まず資産をすべて新しいシステム、そこの彼の生み出した実用に耐えられる暗号通貨に移行し、政府や銀行という不要な力による影響の外側に段階的に出さなければならない。支配者が資産を持つんじゃない。人民達が、俺たちや世界中の人々が、より確実に資産を所持し、監視し、問題を解決するべきなんだ。事実、暗号通貨によって果たせている」

 その言葉は、かつての僕の言葉だった。

主人公『僕たち自身が銀行の代わりになる』

 僕は言った。

主人公「革命のつもりですか。こうして法を破っていけば、世界に暴力が溢れてしまう」

 財前は答える。

財前「俺たちはそんな未来は望まない。だが、人民が望むのなら、彼らと共に法を変えていく」

 僕は叫んだ。

主人公「勝手に人殺しをして、なにが法を変えるだ!」

 無数の銃口が、僕に向けられた。

 そのとき未冷先生は怯えることなく、僕へと手を差し伸べた。

未冷先生「これが、搾取なき世界」

 そう語る幼馴染の彼女は、両親の返り血を浴びていた。

未冷先生「君が、暗号通貨で繋いだ未来」

 僕は、拳を握りしめる。

 黒髪の女王陛下は銃を片手に、僕へ手を差し伸べる。

未冷先生「いっしょに行きましょう。それが、私の脚本スクリプト

 僕は答える。

主人公「嫌だ」

 彼女は差し伸べた手を寂しそうに引っ込め、そして立ち去っていく。そして彼女は告げた。

未冷先生「私は、君の先生になれなかった。ごめんね」

 僕は何も言うこともできず、取り残される。

 栗原さんと、衛理と、真依先輩と、死体と、使われもしなかった敵の銃とともに。

 夢から覚めた、血の海の波打ち際に。

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