1 cage

protagonist: architect:


 先生を失った僕は、誰もいない空の下、スーツを着ている。コーヒーとiPhoneを片手に、大きな広場で待っている。

 そこは勝どき駅の前。

 平日で人の出入りはまばらだ。だが、誰かを待つように、人々がたむろしている。

 けれど、彼らは路頭で眠っているわけでもない。ものは多く持たず、服装は選択され、飢えている様子もない。ただ、時折タワーマンションを見上げている。まるで、タワーマンションから追い出され、見捨てられた、子供のように。

 衣食住が驚くほど低コストになったこの現代。タワーマンションの一室を買って生まれた住宅ローンをはじめとしたいくらかの借金で未来がみえなくなろうとも、今日を失うことはなくなっている。飢えて死ぬことはないのだ。

 現代では、借金が積もろうが希望を失わなければ、生きていくことはできる。

 けれどiPhoneのアプリケーションに移るニュース記事には、こう書かれている。

 パンデミックと暗号通貨市場崩壊の二重苦境は、世界金融危機に並び立つものになり、希望は失われてしまったと。

 関連リンクに気づく。その記事は、奇妙なものだった。僕はつぶやく。

主人公「日本国内に、少額出資マイクロファイナンス?」

 ふたりの女性が、どこからか現れた。すると人々は輪を形成していく。そして、話し始めている。彼らの表情が、わずかながら明るくなっているところを、僕は呆然と見つめていた。彼らは全員、スマートフォンを抱えていた。そして、何かを教え合っているようにみえる。

主人公「現代的だな」

 そう言っていたところに、身なりのいい男が三人、スーツケースを引きずりながら勝どき駅から出てくる。僕はスマホをしまい、マスクをつけ、合図として手に抱えたコーヒーをかかげる。すると男たちは僕のもとへやってくる。そして、男のひとりは言った。

男「お前が?」

 僕は頷く。男は訊ねてくる。

男「その、監視者センチネルから追跡されてないか?」

主人公「センチネル?」

男「俺たちを監視していて、突然逮捕しにくる公安のハッカーだよ」

主人公「監視先である携帯をはじめ電子デバイスすべての電源は完全に切ってあれば、問題はないかと」

男「ああ、それは全員やってある」

主人公「ではご案内します」

 そして僕は車へと案内する。それは黒のアルフォードで、運転席と助手席にはふたりのスーツの女性がいる。彼らを車に乗せ、僕も乗り込み、そしてアルフォードは走り出した。

 その景色に映る、かつて選手村となっていた高級住宅街の路肩で、思い思いの場所で語りあう人々を男たちは見つめ、つぶやく。

男「あいつら、マイクロファイナンスに手を出してるのか」

男「俺らのように金があれば、ハッカーのせいでプライバシーの消えたこんな国にいる理由がないでしょう」

 僕は運転席の睨みを感じ、ルームミラーを見つめると、女性は怒りの眼差しを向けてきていた。僕は小さく首を振り、運転に集中させる。

 向かうその先には、すでに巨大な客船があった。晴海客船ターミナル。その駐車場に車を止め、僕は三人を案内していく。たどり着いたその先には、すでに大量の人々がスーツケースや、思い思いの荷物を抱えている。しかしそこには奇妙にも子供はひとりもいなかった。そこで男たちは安堵の表情を浮かべる。

男「これで脱出できるな」

 二人の男も頷く。

男「あとで家族とも会える。そうだろ?」

 訊ねられた僕は答える。

主人公「ご家族も心待ちにしています。ですので、しばらくご辛抱を」

 そして、客船へと人々は案内されていき、僕も案内していく。そのとき、車に乗っていた二人の女性も僕と共に随伴していく。

 僕らはいくつものセキュリティチェックをさせていく。パスポートの確認。顔写真の撮影。手荷物の検査。その度に男たちの表情は曇る。しかしそれら全てはパスされ、ついに客船の中に到達する。

 客船はやがて出港する。小さな揺れのなか、割り当てられた客船の部屋に案内した。彼らの一人が言った。

男「この国のチェックなんて、本当にザルなんですね」

男「ああ、脚本家スクリプターなんか結局オフラインにはいないのさ」

 そう笑い合う男たちの部屋を僕が閉め、男たちの隣の客室に入ったとき、隣にいた女性のうち一人が言ってくる。

衛理「何度荒い運転にしようと思ったか」

主人公「とても快適な車の旅だったよ、すまなかった、衛理」

 衛理はため息をつく。

衛理「あんたに謝られてもうれしくない」

 そのとき、もうひとりの女性、真依先輩が答える。

真依先輩「本番はここからでしょ」

 衛理は頷く。

衛理「ええ、ここはすでに、檻になった」

 そこに、爆音の何かがやってきた。僕らが窓を見上げると、そこにはヘリコプターたちがいて、そこから何人もの防弾チョッキをつけ、覆面人間が降下してくる。その動きは完全に兵隊のそれだったが、衛理は告げた。

衛理「他国のスパイのおでましか」

 僕はMacBook Proを開きながら訊ねる。

主人公「やっぱり口封じにはリスクが高すぎるのでは?先輩」

 真依先輩が答える。

真依先輩「あなたがあいつら犯罪者を捕まえて彼ら組織を何度も壊してくるよりマシってこと。もう少し自分のしてることの自覚を持ったら?」

 僕は肩をすくめる。

主人公「スパイ一年生だよ?」

 衛理がため息をつく。

衛理「建築家アーキテクトでともだち百億人の一年生も、ろくなもんじゃない」

 その言葉に、僕は幼馴染を思い出し、俯いてしまう。

 そのとき、船が揺れる。急停止したからだ、と気がついたとき、怯えたような放送が響く。

『皆様、重大な問題が発生しました。部屋から出ないでください。繰り返します……』

 そのとき、ふたりはそのベッドに転がっていた銃を手にとっていく。衛理が言った。

衛理「あんたはここで隠れて敵の誘導を。ここの防衛は私たち先輩がやる」

主人公「頼むよ」

 僕はそれを黙って見つめている。そして二人が銃の弾倉の中身を確認後、装備をしていき、やがて彼女たちは飛び出していった。


executer:


 P90を抱えて、私と真依は客船の中を駆け抜けていく。巨大なロビーに到達する直前、銃を向けられていると気づいて私たちは遮蔽物に隠れる。そして、容赦無く銃弾が通り過ぎていく。私は舌打ちし、

衛理「ここに乗ってる全員、生死問わずデッドオアアライブ、か」

 真依がiPhoneを開き、その画面から何かを読み取ったかと思えば、遮蔽物から低い姿勢で飛び出し、拳銃を発砲する。そして彼女は私へ顔を上げた。

真依先輩「クリア、行きましょう」

 私は頷いた。そうして私は、スマートフォンと銃を携えた真依についていく。

 豪奢なラウンジの中に突入する直前、真依は私に留まるようにiPhoneの画面を見せてくる。私がそれに頷くと、ラウンジの中へとゆっくり入っていった。

 豪奢なラウンジは荒れ果てた様子もなく、静まっている。誰もが眠りについたかのようだ。私はその中を歩いていく。そして、何か物音が聞こえた。振り返るとそこに、銃を持った敵がいた。敵は言った。

敵「動くな」

 私はP90を向けたりはしなかった。ただ、笑う。

 そして、敵はたった二発の銃弾で撃ち抜かれていた。その銃声の先に、真依がいる。

 さらに敵が私を撃とうと飛び出してくるけれど、それすらも真依が二発の銃弾で撃ち抜く。敵の数名が一斉に飛び出したその瞬間、すべての敵が倒れていく。銃声の元は、黒服の人たちのMP5だった。その防弾チョッキには、POLICEと書かれている。

 そのうちの一人が告げた。

同僚「従う神なし」

 彼らは、ともに学校で戦った仲間だった。

 ラウンジに並べられた机は、椅子は、そして敵は吹き飛ばされていた。動けなくなった敵のひとりが、私にこの国ではない言葉で訊ねてくる。

敵「どうやって、わかった」

 私はiPhoneの、全ての敵の位置情報が映るその画面を見せる。敵は呆然としていた。

衛理「私たちには、監視者センチネルがついている」

敵「我々のネットワークに侵入しただと、馬鹿な、そんな真似できるやつが……」

 敵のスマートフォンがスピーカーに切り替わり、彼の、さっきまでいたナードくんの声が響いた。

主人公「侵入したんじゃない。君たちが、僕らの作り上げたネットワークの中で生きていたんだよ」

 そして、一斉に黒服の銃を持った人々が乗り込んでくる。動けなくなっている敵たちに、銃を向けていく。

 そこで、敵は何かに気がついたようだった。

敵「まさか、システム更改も、ボスが言っていた言葉も……」

 私は笑った。

衛理「だから言ったでしょ。監視者センチネルだって」


protagonist: architect - sentinel:


 衛理たちは僕のもとに戻ってきて、そして隣の部屋へと押し入っていった。衛理の怒号が聞こえると、やがて三人の男たちは銃を突きつけられながら食堂へと歩いていく。それを、僕は男たちの死角から、ぼんやりとみつめる。そうして客室から追い出されていく人たちは、たくさんいた。

 食堂に集まったとき、その中心に、一人の男が立っていた。

栗原「金融商品取引法違反、不正競争防止法違反、犯罪収益移転防止法違反……さらに外患誘致罪で、全員逮捕する。まあ、わかってたかとは思うがな」

 そう言った栗原さんに従い、警察の人たちが全ての客に手錠をつけていく。

栗原「お前らはただ暗号通貨を利用していただけじゃない。それでよその国に買収され、この国でのテロの実現に加担し続けてきた。おまえらが消されるのも、時間の問題だった」

 そこで不満の声が上がる。

男「だから俺たちを囮にしたのか!」

栗原「死にたかったのなら、悪かったな。産業スパイ」


 手錠をつけられた男は、僕を睨みつけてくる。

男「おい、家族はどこだ、待っているんじゃなかったのか」

主人公「はい、家でお待ちです」 

男「騙したな!」

 その言葉で、全員が静まり返り、僕らへと視線が吸い寄せられる。僕は沈黙のなかで答えた。

主人公「我々の旅は、ここで終わりです」

 怒りに震える男が、さらに聞いてくる。

男「令状もない。こんな逮捕は不当だ!」

 近くにいた真依が答える。

真依「以前発生した暗号通貨操作事件に関与した容疑者を、ここに集めました。令状はあなたがたが家を出たその直後、ご家族が受け取っています」

 そして男たちは僕を向いた。

男「電源を切っていれば問題ないって言ったのは、お前だよな」

主人公「はい、ご家族には追跡されますから」

男「不当だ!こんなのありえない!訴えてやる!」

 衛理がため息をつく。

衛理「民事裁判でも会社が訴えられてるのに資金を移転して損害賠償の代わりにこの旅に金出したの、誰だっけ?」

 手錠をつけられた全員が、顔を下げる。その中で一人の男が僕らへと牙を剥く。

男「お前たちは自分から自由を捨てる奴隷だ!国家の歯車だ!この、嘘つきどもが!」

 僕は一呼吸し、答えた。

主人公「奴隷にでも、国家の歯車にでも……嘘つきにでも、何にでもなってやる。全ての嘘を狩り尽くしたその果て。約束の地にたどり着くために」

 呆然とした男は、やがて皮肉げに笑った。

男「そこに、お前もいないんだろうさ」

 その嘲笑は、周囲を満たす。そのとき、声が響いた。

栗原「安心しろ!」

 全員が静まり返る中、栗原さんは告げた。

栗原「まずは、お前らからだ」


 僕は客船の外から、容疑者の男たちや他国のスパイたちが下されていくのを見つめる。そして、僕は暁の太陽に照らされた海を見つめた。

 そのとき、衛理と真依先輩がやってくる。そのとき、衛理が訊ねてくる。

衛理「ねえ、あたしたち、いつまでこんなことを続けるの」

 真依先輩は答える。

真依先輩「どっちにしても、未冷を見つけて止めない限り、私たち人類に未来はない。暗号通貨で世界を満たすことは、できない」

衛理「止めて、どうするの。こんなクズばっかりの世界」

 沈黙の中。僕は地平線を眺めながら、わずかにみえる金星をみつめ、言った。

主人公「どんなにすごくても、先生も、彷徨うもの(planetes)、だったのかな……」

 ビルもなく、遮られることのない空と海が、宇宙そらを回る星たちが、惑うばかりの僕たちの前で輝いている。

 その先に、僕がつないだ人工衛星は、やはりみつけられなかった。

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