第6話 誓いの指輪

見下ろすホーリーが、枯れ木のようなアリオスの姿をちらと見て、フンと笑う。

 

「呪いか……呪いなどあるわけも無い。ホーリーは、何一つこの城には残さなかったというのに。

枯れ木のように根も張らず、花も忘れてそこにあるのみ。

アリオスよ、我が言葉を忘れたか。

お前の過ちは多くの人の安穏あんのんを奪う。

恐れを知らずおのれの利益のみを求めた、これがその結果と知れ。」

 

ククッと笑い、黒装束の少年がポンとベッドの上に降り立ち、アリオスを踏みつける。

胸の上でくるりと回って、アリオスの顔をのぞき込んだ。

 

「無礼な!そこから降りろ!」


ラルフが剣を抜き、ホーリーに向けて振り回した。

しかしその剣は、切ったはずなのに空を切る。

 

「なんと!」

 

「待てラルフ!ホーリー殿、どうか呪いを解いて欲しい。頼む、その為ならなんでもしよう。」


「馬鹿な、サリュート様危険です!」


「お願いだ!ひいお爺様を救ってくれ!」


「サリュート様!」


 

「静かにせよ」

 


ホーリーが、片手を2人に向けてないだ。


「うおっ!」


2人が風に飛ばされるように、部屋のスミへと追いやられる。

そして、指一つ身動きできなくなった。

 

 

「アリオスよ、久しいな。

ホーリーがかつて愛した、仮初かりそめの愛しい人よ。

あれから幸せであったか?良き家庭を築いたか?名だたる王となれたか?

このホーリーを踏み台にしたのだ。どれほど素晴らしき人生を送ってきた?」

 

ホーリーが彼の胸にまたいで座り、苦しそうに息をつく年老いたアリオスの顔をでる。

 

「ホ……リー……よ……」

 

落ちくぼみ、白く濁った目にホーリーの顔はすでに見えないだろう。

ホーリーは、彼の顔を愛おしそうに撫で、そして優しく唇を合わせた。

すると老人の顔からシワが減り、息づかいが軽くなる。

50は若返った様な顔で、目をしばたたかせた。

 

「ああ……ホーリーよ、永遠とわに美しい少年よ。

ずっと…………会いたかった。

どれほどそなたに詫びたかったか、私の生涯は後悔にさいなまれていた。

どうか……ああ、どうか許してくれ。」

 

「アリオス、愛しき人。

またそうしてホーリーをたばかるのか?

お前は私の胸を刺し、私の指を切り裂いて誓いの指輪を奪い取った。

私の大切な指輪さえ、私から奪い取ろうとしたではないか。なんてひどい方。

お前の行為で、ホーリーの胸に美しき思い出となって花を咲かせた、あの愛し合い、睦み合った日々が音を立てて崩れてしまった。」

 

アリオスが涙を流し、ゆっくりと首を振る。

 

「そなたが生きていると聞いて、安堵あんどと共に大きな恐怖を覚えた。だが……」

 

そなたは、報復ほうふくなど一切しなかった……

どんなに憎んだか知れぬものを……


「あ……あのような、盗人ぬすびとのように下卑げびた行為、我が生涯、最大の恥」

 

許せぬ自分に、目を大きく見開く。

息をついて、その力もすぐに尽きた。


なんと言えば許してもらえるのか、何十年と言葉を考えてきた。

しかし言葉は、自分がした行為に対してあまりにも軽すぎる。

時があの時に戻るなら、もう一度やり直したいと何度思ったことだろう。

両親に知られて責められ、ホーリーと王女を天秤にかけた自分はなんと幼い。

言われるまま彼を手にかけながら、しかし世継ぎの指輪を見ると後悔にさいなまれた。

だが、それこそ自分にせられたつぐないと、世継ぎの指輪は子供にゆずることなく着け続けたのだ。

 

言葉を探し、ただ涙する彼に、ホーリーがクスリと笑う。

そしてまたキスをした。

 

「アリオスよ、どれほどお前を憎もうとしたか。だが、ホーリーの心にあるのは、ただ空虚くうきょであった。

あの短い時を、ホーリーはなんと幸せであったことか。お前はそれを与えてくれた。

アリオスよ、お前が苦しんでいることは知っていた。だが、私はどうしてもお前を救いに来ることが出来なかった。

お前の愛するひ孫に感謝せよ、あのお前に生き写しの姿が、幸せな時を思い出させてくれたのだ。

 

ああ……ホーリーは……

 

ホーリーは……

 

やはりお前を愛している。」

 

キスを交わし、そして見つめ合う。

アリオスは震える手で自分の痩せた指から世継ぎの指輪をはずし、そしてゆっくりと手を差し出した。

 

「どうか、手を……わしのいつわりのない心を受け取って欲しい……」

 

ホーリーが目を閉じ、そして顔を上げて左の手をその手に添える。

アリオスはふるえる手に難儀なんぎしながら、指輪をその小さく細い、あのグリフィンの指輪のある薬指に重ねて着けた。

そして、大きく、それは大きく息を吐いて全身を脱力した。

 

「ああ……これで、思い残すことはない。

ホーリーよ、私が心から愛する者よ、ようやく再びちかいの指輪を渡すことが出来た。

私は、これで死ぬことが出来る。」

 

アリオスのホッとした言葉に、ホーリーが涙を一粒こぼし、そして指輪に頬を寄せる。

 

「アリオス、誓いの指輪を確かに受け取った。

これでホーリーは、ながの時を生きてゆける。」

 

安堵あんどしたアリオスの目が、またかすんで行く。

しかしその目には昔、あの運命の日に指輪を着ける時の、ホーリーの喜びに輝くあの顔が、はっきりと重なって見えた。

 

「ホーリー……ああ……愛している……」

 

「愛するアリオスよ、お前の気持ちはホーリーの心を千年満たすであろう。

苦しみ、地獄の中で百年の時を愛してくれた、礼を言う。」

 

「……我が、永遠の恋人よ……輪廻りんねの向こうで、また会おう。」

 

ホーリーが微笑み、そっと頬にキスをする。

 

「また会いましょうぞ、いとしい人。

あの、美しき湖で。」

 

ホーリーの身体が、砂金のように光って消えて行く。

呆然ぼうぜんと見つめていたサリュート達が、身動き取れることに気が付き、急いで駆け寄り曾祖父の顔をのぞいた。

 

「ひいお爺様!」

 

「サリュートよ……礼を言う。

私はこれで、眠りにつける。お前の心遣こころづかい、うれしかった……」

 

曾祖父の顔が、一息に年を取り元の枯れ木のような顔に戻る。

そして、静かに息を引き取った。

 

「ひいお爺様……」

 

「呪いなどではなかったのか……

なんという……あの指輪を渡すためだけに、百年を過ぎても生きたというのか……」

 

ラルフが窓の外に遠く、キラキラと輝く光を見てバルコニーへの窓を開けた。

冷たい空気が、サッと部屋を通り抜ける。

バルコニーへ出ると、目前には夜の月明かりに照らされ、水面を輝かせる湖が広がっていた。

 

「あれは……」

 

 

月光に照らされて、黒衣こくい舞姫まいひめが舞い踊る。

 

 

その夜、湖面に1人。

死したアリオスとの思い出を懐かしむかのように、ホーリーの踊る姿がいつまでも輝いていた。

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ダーク・ホーリー 誓いの指輪 LLX @LLX

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