第9話 父親の不在と摂食障害

摂食障害という精神障害があります。食べることを拒絶する拒食症、食べることにとらわれる過食症の呼び名が日本では一般的です。

摂食障害は食欲の異常なのでしょうか。拒食症は、ダイエットのエスカレートが原因なのでしょうか。また、過食症は、食欲が旺盛なのが原因でしょうか。そうではありません。

まず、過食症の原理ですが、これは、親の愛情の希薄さが関係しています。つまり、親の、とりわけ父親の存在が希薄で、父親不在の寂しさが過食症の原因です。過食症に罹患した主に若い女性は、食物に父親の愛情の代替物を見いだそうとします。つまり、過食症とは、父親不在の寂しさを食欲に転換しているのです。ですから、過食症とは、単純に食欲の異常ではなくヒステリーの一種なのです。

では、拒食症はどのような原理に基づいて発症するのでしょう。拒食症は、過食症のように父親の愛情の代替物としての食物を食べることをかたくなに拒否します。このことは、父親の愛情の具現物、つまり食物を遠ざけておくことで、父親の愛情を手の届かない憧れの世界に置き去りにし、その手の届かない憧れであるが故に、その魅力をより強く感じ、父親を求める自己の心情を堪能し、吟味することを止められなくなる心理状態であり障害です。つまり、拒食症の患者は、自己陶酔している心理がみられるのです。食物から、つまり、父親の愛情の置き換えから離れている限り、その苦痛は、ますます父親に対する希求を煽るわけですから、当人はこの上なく焦がれてしまい、父親に対する愛慕を心理的側面においてはっきり認識することができます。つまり、食物という愛情の具現物以上の「精神的」満足を与えてくれるのです。「精神的」な満足感は、ある意味、治療対象として厄介です。物理的満足は当人の心理内部においても、きわめて「わかりやすく」作用するものですから、たとえ、問題行動であっても、抽象的な精神的満足を伴う障害より、治療なり援助の手を差し伸べやすいのです。この傾向は一般的にみられるもので、摂食障害に限ったものではありません。   

以上のような摂食障害の発症原理は、過食症であれ拒食症であれ、「父親不在」の寂しさや怒りが、父親が不在であることに起因する父親の愛情が得られない、あるいは、きわめて希薄なものであるという認識を父親に直訴できないがために、食欲に、愛情を求める欲求を転換させて、過食症の場合は、物理的代替の手法、拒食症の場合は、精神的満足の手法により、その寂しさの空隙を埋めようとする試みなのです。

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