第2話 猫はなんのために眠るのか

私は猫を飼っていたことがあります。ミーちゃんという名前にしておきましょう。ミーちゃんが部屋で丸まって眠っているのを私は見ていて、ふと考えたことがあります。「猫はなぜ眠るのだろうか」ということです。もちろん、眠るのは猫に限った話ではありません。犬だって馬だって眠ることは知っています。そうではありますが、いまは猫を例にして考えてみようと思います。

人間は、覚醒時の言葉による「圧政」を転覆させるため、睡眠中に言葉を弱体化させて、言葉獲得以前の歴史的有り様を復活させ、人という存在、人体に集約された全体的な生の必要性を再生させるのが眠ることの目的でした。これは、多分に言葉との対決という構図を前提としています。

他方、猫はどうなのでしょう。おそらく猫は言葉の支配は受けてはいないでしょう。睡眠が、抑圧された歴史的存在を蘇らせる真に「民主主義」の機能を果たすとすれば、猫の歴史的存在を抑圧しているものはなんでしょうか。言葉ではないとすると……。おそらく猫は、進化の過程で経験してきた「対立するものの内包」を抑圧しているのです。わかりやすい例で説明してみましょう。ここでは、鳥と狼で考えてみることにします。海鳥は、魚を食べます。また、狼は馬を食べます。しかし、これは実は大きな問題を含んでいます。というのは、魚類から鳥類の方向で進化してきたわけですから、海鳥が食べる魚とは、過去の海鳥自身の存在ということになります。同じように、馬から狼の方向で進化したわけですから、狼が馬を食べるとは、狼が過去の自分を食べることになってしまいます。生き物は、自己が食べられること、被食の対象になることを恐れます。しかし、生き物を「歴史的集合」としてとらえた場合、対立する、つまり捕食、被食の関係が生き物の一個体のなかに内包されています。つまり、たとえ人のような言語という圧政者を持たないとしても、生存競争のなかで、食べる、食べられるという恐怖が、いま挙げた鳥と魚、狼と馬のように、進化の過程で経験した、時系列の不安要因として、一個体のなかに集約される。だから、人以外の動物も、睡眠中に過去の、被食者の側の虐げられた苦痛、その記憶を再生させる必要があるのです。つまり、この場合、捕食者という圧政者を、人以外の動物は睡眠中に退却させ、進化の過程で経験した独裁者を追放し、虐げられた被食者の側の復活と民主制を達成しようと図るのでしょう。

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